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 彼らが案内されたのは、ヴォーネの実家である小さな家だった。少し乾いた干物のような匂いのする家は、屋根に泥炭が塗られ石と鉄で作られている不思議な建築様式で建てられていた。家の中には竈があり、外からは一本大きな煙突が立っている。

 

「ささ、お入りください」


 ヴォーネには両親がいないという話は事前に聞いていた。なので彼女を迎えに来たのが両親ではなく祖父母であっても驚きはない。

 二人に出迎えられ、居間に置かれたテーブルに腰かける一行。

 ヴォーネと家族との再会は、バルパが想像していたよりも普通だった。

 感慨深そうではあったが、レイの時のそれのように号泣したりするようなことはなく終始穏やかな調子で空気は流れていく。


「ヴォーネを助けてくださり、ありがとうございました」

「何、旅のついでだ」

「うちでゆっくりする分には、いくらでも構いませんので」

「ある程度は滞在させてもらう予定なので、それは助かる」


 彼女の祖父母はそれぞれディーリ、マルルというらしい。正式な名称は以前ヴォーネが言っていたのと同様長ったらしかったので、そう呼ぶということになったのだ。

 ヴォーネと自分が別に結婚していないということもしっかり説明しておこうと思ったのだが、そのあたりに関してはなぜか説明せずとも理解されていた。

 何故かと問えば、ヴォーネの顔を見ればわかるのだと彼らはにこやかに笑う。その様子をみて、やはり家族には隠し事ができないといのは本当なのだなと少しだけ納得することができた。 


 一人あたりに割り振るだけの部屋数はないので、またいつものように大量に保管中である幌を使い即席のテントとして使用することにする。

 食事までは時間があったがバルパには見ず知らずの人間と長時間話すことができるだけのコミュニケーション能力はない。

 彼らは適当なところで家をあとにし、あとはヴォーネ達三人で話ができるよう、彼女を残して家を出るようにした。

 食事は一緒に摂ろうと思っていたが、まだ空腹を感じるほど食事から時間が経っていない。

 バルパは流石にここを出て訓練するのはまずかろうと思い、魔力循環の練習だけを行うことにした。ここで纏武の訓練をして彼らを心配させるほどに彼は愚かではない。

 ミーナ達とは別に用意した幌の中へ入り、一人精神を集中させていく。

 全身に行き渡る魔力を感じながら、今後の予定を確認していくバルパ。

 まずこの街一番の鍛冶屋を紹介してもらう、そして武器を直してもらう。

 それからミーナ達の気持ちの整理がつくようになるまで時間を使い、そしてここをあとにする。

 そう長い時間はかからないだろう。目処としては多めに見て一月といったところだろうか。

 

「……ふぅ」


 大して疲れていないにもかかわらず、ため息が口からこぼれる。

 やはり何度経験しても、別れとは慣れないものだ。


「そろそろ食事の用意ができたみたいですよー」

「わかった、今行く」


 バルパはヴォーネと過ごす最後の時間を少しでも有意義なものにするべく、幌を出た。








「それでね、この子ったらその男の子のご飯を勝手に食べちゃったんですよ」

「わあっ、それは言わないでってば‼」

「悪口を言われた程度でご飯を取るとか、なんていうか浅ましいわね」

「……ええそうですね、それならその肉もらうからっ‼」

「あ、ちょ……何すんのよ⁉」

「浅ましいドワーフが高貴なエルフのご飯をかっさらわせてもらっただけですー。すみませんねぇせせこましくて」


 それほど広くないテーブルを囲うように座っているバルパ達。

 他人の家に上がり込んで昼食を食べているというのに、その様子は普段と何一つ変わらない。

 

「すみません、彼女達はいつもあんな感じなので……」

「いえいえ、不思議なことですが悪くはないですよ」

「何が不思議なんだ?」


 バルパ、ルル、そしてその横にいるマルルは、わちゃわちゃと騒いでいるエルフとドワーフに視線を固定したまま、脱力したような体勢をとっている。


「ヴォーネがここを出て浚われていく前よりも元気になっていますことがですよ。なんでもバルパさんの話では、彼女は奴隷商のところにいただとか」

「ああ、そうだな。そいつはもう、ドラゴンにやられてしまっているが」

「ここにいたときよりも今の方が、生き生きしてるようにすら思えます」

「それは気のせいだろう。故郷は誰しもが帰属する、唯一の場所なのだから」

「そのただ一つの場所よりも良い場所がないと、どうして言い切れます?」

「……」


 バルパは彼女の言葉の中に、暗にヴォーネを連れていけと言っているような含みがあるように感じた。

 離ればなれに生活をしていて、いつ死んでいるかすらわからないと半ば諦めていた孫を、そんな誰とも知らぬ者へと預けようとするその考えは、今のバルパには全く理解できないものである。


「故郷なんぞ、たまに帰るくらいでいいんですよ。たとえ母親であっても、毎日顔を合わせていれば鬱陶しく思うものです」

「そんなものか」

「そんなもんです」

「ルルもそうか?」

「私は両親を殺したいほど憎んでますので、参考にはならないですね」

「そんなもんか」

「そういうものです」


 自分はどうだろうか。

 バルパはもう一度翡翠の迷宮へと帰りたいという気持ちが果たして自分にあるのだろうかと胸のうちを探ってみる。

  

 自分は特殊な例であることは承知の上で、確かに帰りたいとはそれほど思っていないということがわかった。


「だが無理だな」

「……そうですか」

「ああ、あいつは普通に生きた方がいい。血みどろの中で生きていけるほど、強くないからな」


 ヴォーネを連れていく、というのはピリリを連れていくということよりもなお現実的な選択肢ではない。

 彼女には戦いというものに対する強い気持ちがない。実は訓練でも手を抜いていることは、バルパにもはっきりとわかっていた。

 だがそれもまた一つのやり方だろうと考え、彼は彼女の自主性を重んじることにしたのである。

 元々それほど戦闘に関する才能に秀でているわけでもない彼女は、きっと市井の人間として生きていった方が幸せになるだろう。

 

 バルパは鍛冶師の名前を聞いてからもう一度ヴォーネの方を向いた。

 その隣には新たに口論に参戦し始めたミーナと相変わらず口の悪いウィリスがいる。

 どうせなら皆が皆、ヴォーネのように普通であればよかったのに。そんな風に思っている自分がいることに、少し驚く。 

 一体どうするのが正解で、何を選び取るのが間違いなのだろうか。

 そんなことを考えながら、バルパは取り分けられた麺料理を口に入れた。

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