道具は使ってこそ
拳を握り、開く。手のひらから溢れ出す白銀の光が、さらさらと液体のようにこぼれて空気へと溶けていく。開いた手を、再び結ぶ。
達成感と歓喜から拳を固く握りしめるのは、全身を鎧に包んだ一匹のゴブリン。
「よし、とりあえずはなんとか間に合ったな。……少々、無理はしたが」
陽光を吸い込む黒の鎧を身に付けたバルパは、ゴキゴキと首を左右にならしこの十日間の日々を思い返していた。
ほとんど戦わず、ひたすら魔撃の習熟に費やす時間だった。以前ダンと戦った時同様、この十日間は自分の身体が鈍らない程度にしか戦闘訓練は行っていない。
以前よりも強くなったという感覚はある、だが今回は以前のように緊急な事情に切迫されているわけでもないし、何か戦わねばならぬような強敵がいるわけでもない。
この力を使う機会があればよいのだが……いや、戦わずに済むのならその方がよいのか。そんな二律背反な感情を抱え今後の旅路と、それについてくる彼女達のことを思う。
この十日間、バルパは一緒に食事を摂る時以外は彼女達のことを完全に放置していた。話をするときもなるべく彼女達には立ち入らぬよう、適当に別の話題を振ったりして過ごしていた。
詳細な説明を聞いたわけではない。だがバルパはなんとなく彼女達の精悍な顔つきとその目の中にある輝きから、自分の心配が杞憂であることを悟りかけていた。
彼女達がそうしたいと思っているのなら、自分がそれを止める必要はない。結果としては以前、思い直す前と同じ結論へと帰ってきたことになる。
(構わないだろう、俺が関知すべきは俺のことだけだ)
少し、以前のようにドライになるべきかもしれない。バルパは少しばかり彼女達のことを過敏に心配している自分に気付いた。人は変わるものだ、俺はゴブリンだがな。
どこか余裕のある顔つきをしている彼の素顔は、硬い鉄仮面の中にあるために表には出てこない。こんな風に誰かの中身を知ることなど、短い生の中では不可能なのかもしれない。
そんな愚にもつかないことを考えながら、彼はゆっくりと宛がわれた部屋へと歩き出した。
やはりというかなんというか、バルパが家に帰るのと同時に、ミーナ達は彼の事を出迎えた。
本来の、当初の目的からすれば彼女達は自分の意に沿ってくれたということになる。
誉めるべきだろうか、それとも先までの自分の考えを考慮してくれなかったことを詰るべきだろうか。
彼がそんな風に悩んでいると、ピューと飛び出してきたミーナがバルパに一枚の紙を渡す。
今にも破れてしまいそうなその薄い紙片をつまみ、書かれた文字へ目を通す。
魔力増大、回復力増大、脚力上昇といった些か物騒な文字列が視界の中で躍る。
「……これは?」
「私たちがこれから戦うために必要だと思ったもののリスト。あるなら貸して欲しい、絶対に後悔はさせないから」
ミーナがそういうと、少し遅れて来た皆が同様に首を縦に振って頷いた。
バルパは無意識のうちに無限収納に触れ、すぐに自分の行動の意味したことに気付く。
「いいだろう、きっと中にある武器達も、それからスウィフトも……死蔵するするより使った方が有意義だと、そう言ってくれるはずだ」
バルパやルルが鑑定できる物は、ある程度の質のものまでに限られる。聖剣や一級品の魔法の品等には、まだ効果の判明していないものも多い。
これは自分のためだけではなく、彼女達のためにも上位鑑定を覚える必要があるな。
バルパはこれから向かうヴォーネの生まれ故郷にいるらしい刀匠に教えを乞う必要性を、以前にもまして感じた。
今はまだできることは多くない。だがそれは決して、何もできないということと同義ではない。
「よし、それなら俺が適当に出していくから……皆で鑑定でもしながら、色々と試してみようか」
適当に効果のわからないブレスレットを取り出し、フリフリと揺すってみるバルパ。
そんな彼の言葉と行動で、彼らの心は一つに固まった。
どうやら出発に至るまでは、もう少しばかり時間がかかりそうだ。




