眩しい
「でもそれでいいんじゃないかな、だってきっとそれが一番お互いのためになるもん」
「どういう意味よ?」
喧嘩腰のウィリスの髪が白い首筋にかかる、紅潮した頬は怒っているにもかかわらずどこか扇情的ですらある。
「そもそもさ、私達が何かをする必要なんてないもの。助けてもらって、だから何かを返したい。そう思う気持ちってさ、傲慢なんじゃないのかな?」
世の中は平等で均等でなくてはいけない。
世界は喜びと悲しみが半分半分でできていて、自分がした行為はいずれ自分に返ってくる。
そんなのは全部、おためごかしだ。
世界はただただ厳しい。皆が死にかけるような思いをしているのを見ても、残虐であらゆるものを持っている者はそれを酒の肴にして話を続けるだけだ。
礼には礼を、救済にはお返しを。そんなのは所詮、頭の良くない人をだまくらかすための欺瞞でしかない。
何かをしなくてはいけない、そんな気持ちを助けた張本人が思っているかどうかなど、実際に聞いてみたりしない限りはわからない。
そしてバルパというゴブリンは恐らくそれを、望んではいない。ヴォーネにはそれが、短からぬ付き合いの中でしっかりとわかっていた。
彼はきっと助けなくてはいけないとそういう強迫観念に近い何かに囚われている。そしてそれはきっと自分が以前、恐らくはただの一匹のゴブリンだった頃の記憶に端を発しているのではないかと彼女個人は考えていた。
ミーナ達のように、なにがしかの形で救われたものもいるだろう。自分達のように、窮地を救ってもらい命を助けてもらったものもいるだろう。
だが彼はそんな行為に関して、決して見返りを求めない。
バルパはするべきことを、ただ自分の中にある何かのためにしているだけなのである。
そんな彼に対し何かをしよう、そんな考えはただの押し付けだ。
そして彼には誰かに頼らねばならぬほど弱くはない、いや弱くはなかった。
だが彼は最近、時折誰かを頼るようになった。それが良い変化なのか悪い変化なのか、それはわからない。
バルパは変わっている、ミーナやウィリスのような、彼に付き従おうとする者達とのふれあいによって。
彼の強さは異常だ、格上相手のダンを倒して、それも見逃してしまったあの時のように、びっくりするくらいにどんどんと強くなっていく。
もし、そんなバルパについていこうとするのなら……
「自分が何をできるのか、それを考えた方がいいんじゃないの?」
「……どういう意味?」
「現状戦うことじゃ、私たちは完全に役立たずだもん。何かブレイクスルーでも起きない限り、この現状が変わるとは思わない。今のままじゃどんどん、離れていく一方だよ」
「でも……じゃあ、どうしろっていうのよ? 私…………できないわ、戦い以外のことなんて、何一つ」
「そうだね、エルルはどう?」
「別のことを……する?」
「そうだね、ちょっと陳腐な言い方になるけど……バルパさんの帰る場所になるだとか、戦闘以外の家事や食事なんかで支えるだとか。そういった方向にシフトすべきだと、私は思う」
「……それじゃダメよ。だってあれは……前に進むことしか、考えてないもの」
確かにそれは事実だろう。ヴォーネは自分の料理で彼をある程度満足させているという自信があるが、それが何かに繋がっていると実感したことは一度もない。
だがこればかりは、仕方のないことでもある。
この世界に生きる全ての生き物は、自分に与えられたもので戦うしかないのだ。それしか許されては、いないのだ。
「じゃあどうすればいいかなんて、わかるじゃない。自分の中で答えはもう、出てるみたいだし」
女が話をする時、大抵の場合その心は決まっていることが多い。彼女達が求めているのは肯定、あるいは話を聞いてもらうという行為それ自体だったりすることがほとんどだ。
もし自分がウィリスの立場だったなら、今のまま努力を続けるなどという無駄なことをすることは絶対にないだろう。無駄とわかっている努力を、それが実るという一縷の望みに賭けて続けるなどということは、正気の沙汰ではないと思う。
「よし、そうよね。そんな簡単に、諦められるもんじゃないもの‼」
拳を天高く振り上げながらエルルと何やら話し始めている彼女を見て、ヴォーネはバカだなぁと思った。
ただその独白には毒ではない、もっと別の、羨望のような何かがあった。
そしてヴォーネは結局、適当に彼女達を焚き付けてしまったせいで一緒に訓練をすることになった。
自分にはないそれ、激しく燃える熱情のような何かを感じ、彼女はただウィリス達の鍛練に付き合うことにした。




