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 ツンとする刺激臭を我慢するためにとりあえず口呼吸に切り替えていたバルパは、持ち上げた杯に並々と注がれている酒を見て少しフリーズした。


(見た目だけを見ている分には……ただの水にしか見えないな)


 赤い金属杯に入っている酒は透明度も高く、以前見た蜂蜜酒のようなドロリとした様子もない。サラサラとしている様子は普通の水にしか見えず、口呼吸をしているにもかかわらず感じる粘膜への刺激を感じなければ彼はなんの抵抗もなくゴクゴクと飲み込んだことだろう。

 もう何度目かの躊躇いに流石に変な顔をし始めたドワーフ達に見せるように、バルパはまずはそっと器の端を口につけた。

 ピリッと唇の上端に走る刺激に思わず取り落としそうになるのを必死でこらえ、再度口をつける。

 今度は口に触れさせるだけではなく、少しだけ口腔に流し込んでみることにした。薄く開いた彼の口の中に、透明度の高い酒が入っていく。

 傾斜を急にしすぎたせいか、かなりの量が一気に入ってしまう酒。

 ドワーフ達が火酒と呼んでいるその生き物を酔わせるための酒が、バルパの食道を通り胃の中へと流れ込んでいった。

 

「……どうですか?」

「身体が、熱い」


 ヴォーネの質問に、どこか浮わついた気持ちで答えるバルパ。 

 今、彼の身体は今まで感じたことのないものにとらわれていた。

 普段は明晰であるはずの自分の脳みそを、何か得体の知れないものにぐちゃぐちゃにかき混ぜられる感覚とでもいうべきものが、彼の思考に正常であることを許してくれない。

 何かを考えようとする度に思考にノイズが走る感覚、そしてその雑音が思考から精神、精神から肉体へと徐々に拡大していく感覚。

 酒を入れた衝撃から立ち直った時には、彼は酩酊感を確かに感じ始めていた。


「……」


 満足そうな顔をして去っていったドワーフに適当に手を振ってから、両の拳を握っては開き、開いては閉じる。いつもよりも自分の身体に弾力と柔らかさを感じるように錯覚し、それが今の自分の握力が落ちているからなのだということに気付く。


「握力は、普段の七割前後にまで落ちているな」


 大して量を飲んでもいないにもかかわらずこれである、もし大量に飲酒をしてしまったが最後、自分は完全に無力化してしまうことだろう。 

 どうしてこんな自分から無防備になるようなものが大人達の間では流行っているのだろうか。もしかするとこれはあなたの前でならば私は無防備になれますよ、とそういう一種のアピールをするためのものなのかもしれないと思った。

 自分が心の底から安心できる者達の前、しっかりと安全が担保出来ている場所でしか飲むことはできない。信頼の裏返しに酒を飲むのだとしたら、酒が必要であることも頷ける。

 魔撃は使えるだろうかと思い体内で魔力を循環させてみるバルパ。

 彼が想像していた通り、やはり循環にも随分と支障が出てきていた。各部を魔力が移動するうち、その一部が見当違いの方向へと飛んでいったり、急に萎んだりしてしまう。

 体内に異常が発生しているのだから、こうなることも当たり前だ。

 雷属性に魔力を変質させて、そのまま右手から放つ。

 バリバリと音を立てて、雷がウィリスの横を通り過ぎていった。


「む、少し狙いが逸れたか。威力は……大体六割程度と」

「なっ……あ、危ないじゃない‼ 暴力なの⁉ お酒を飲んで暴力を振るうなんて最低よ‼ 鬼畜の所業だわ‼」

「これなら酔っぱらってからダンジョンに潜れば……良い鍛練になるかもしれない」

「ねぇっ、聞いてるの⁉ 私、今かなり危なかったんだけど‼ ねぇねぇ‼」

「自分の実力を半減できる手段が、呪いの品以外にもあるとはな。……いや、狙いが定まらず動きも鈍くなるとすれば、幾らでも自らを弱体化させることが可能……?」

「ねぇ、もしかしなくても……バルパ絶対、お酒弱いよね?」

「ええ、間違いなく」


 バルパ自身、これが酔いというものであることは自覚していた。

 高揚感と全能感を感じる、そのくせに実力は本来よりも一段も二段も落ちる。

 これは麻痺などと同じく、ある種の状態異常だろう。彼はそう考えることにした。

 このまま無謀な戦いに挑み命を落としても、何か実験でもして他の誰かを傷つけてもつまらない。

 彼はなんとか思索の糸を繋ぎ止めたまま、目の前にある杯を持ち上げ一気にあおった。

 先ほどは全体の一割も飲んでいなかった、残り全てを飲めば、恐らく昏倒するぐらいのことは出来るだろう。

 周囲、それも少し遠く離れたドワーフ達から聞こえるおおっという声を努めて無視し彼は酒を飲み干した。

 直後、何かに意識を乗っ取られたかのように身体が重くなり、ぐらりと頭が揺れて上体を起こしていられなくなる。


「すまん……後は任せた」

「はい、ゆっくり眠っていてください」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


 自然に閉じていく瞼の動きを感じながら、皆の声を聞くバルパ。

 自分がこうして自らの身を誰かに託している、この現状を鑑みて彼は思った。


(ああ、なるほど……こんな気持ちになれるのなら、酒を飲むのが好きになるのも頷ける)


 常に安全とは限らないし、自分の命は何よりも大切だ。

 だがたまにはこういうのも、ありかもしれないな。

 以前と比べると、自己管理は少しばかり疎かになった。これは進歩なのか、それとも退化なのか。

 そんな益体もないようなことを考えているうちに、彼は気付けば意識を失っていた……。

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