とうとう
来るか来るかと思いながら話をしていたバルパは、ヴォーネから今一体どういうことになっているのかを聞いていた。
彼女が言うことによるとこれは夫と妻が婚約を結ぶ際に行われる儀礼的な酒宴であるらしい。驚いたことに彼女達ドワーフは婚約、婚姻、結婚式の時に毎回宴を開くらしい。そしてバルパをげんなりさせることに、彼らは離婚の際にも酒宴を開催するということだった。
ヴォーネの、つまり直接的にはなんの関係もないドワーフの結婚を祝うためにも酒宴をあげるあたり、もはや何かしらの口実をつけて酒を飲もうとしているだけなのだろう。
バルパは彼らが命の水と呼んでいる、アルコール度数がかなり高そうな酒をガブガブと飲んでいる様子を見て、うっと顔をしかめた、
よくあんなに飲めるものだと感心してから、そういえば彼らは飲むだけである程度の栄養補給ができるのだったなと先ほどのヴォーネの言葉を思い出す。
聞いている限りでは酒は彼女達のエネルギー源、つまり食事のようなものであるということになる。
だがバルパがスース等から聞いた話では、アルコールというものにまともな栄養はないはずだ。
自分達魔物や人間とは構造が違うといっても、ご飯を必要とするのは共通事項なはずである。だが魔物の中には太陽だけで生きていけるものもいるし、彼らのように酒だけで生きていけるものもいる。ここにバルパは強い違和感を抱いた。
自分とドワーフという種族は、実はまるっきり別の生き物なのではないか。彼らは実はなんというか、人間や自分のような者とはその根本から違う生物なのではないか。
「どうかしましたか、バルパさん?」
「……いや、なんでもない」
バカらしい。一緒に時間を過ごし彼女が普通の女の子、ミーナやルルと何も変わらない少女であることなどわかっているではないか。
バルパは一瞬生じた疑念を首を振って飛ばす。
「とすればこの後はどうなる。同棲か、ヴォーネはお嫁さんになるのか?」
「うーん……そうですね、正式には向こうについてからということになるでしょうけど。一緒にいる分には何も問題にはならないと思います」
「そうか」
「そうか……じゃないわよ、問題だらけじゃない‼ 不潔だわ、不摂生だわ、不衛生だわ‼」
「後半は全体的に間違ってる気がしますけど……」
「このまま明日にでも出発するのか?」
「そうですねー……まぁ長くとも数週間もすればそうなると思います」
「随分と長いな」
「お酒を渡せば短くなりますよ」
「渡そう、こんなもの腐るほどあるからな」
ガミガミとうるさいウィリスの口に干し肉を突っ込むと、彼女は急に大人しくなった。
静かになったあたりを見回してから、これからのことを考える。
とりあえずヴォーネをしっかりと送り返すためには、自分がドワーフの同胞、つまりヴォーネの夫として認められなくてはならない。仮にそうしなかった場合は結婚を祝う友人として招かれた(ということになっている)ミーナ達を連れていくこともできないし、そもそもヴォーネを向こうまで連れていってくれるかも微妙なところになってくる。
とりあえずは演技を続けるしかないだろう。それはわかっていたが、向こうのドワーフ達の様子を見る限りではそれほど問題はないように感じられる。
彼らは騒ぐ理由が欲しいだけであり、本来なら祝われる立場であるはずの自分達に挨拶をしてくるような様子もない。一事が万事こんな感じで進むのなら、偽装はそれほど難しいものではないように思える。
どうやら結婚さえするのならば子供ができるか、種族がどうかなどといった問題は基本的には棚上げされるらしいとは聞いている。だがバルパは果たして結婚相手としてゴブリンはどうなのだろうかと思った。
そのため彼は今、腕に人化の腕輪を使い少し懐かしさすら感じさせる人間フォルムになって酒宴の主賓となっている。
既に兜は脱いでおり、彼の金色の髪がさらさらと風に靡いていた。
なんとかドワーフ族達の中に入れているうちに装備と鑑定についての問題を解決しなくてはならない。
適当に打ち解けてからにするべきだろうか、そんな風に考えていたバルパはいっそう強くなった酒の匂いと魔力感知の反応から、小さくため息を吐いた。
ドンと叩きつけられる大きな器、両手で抱えるほどのサイズの杯の中にはなみなみとお酒が注がれている。
「ほれ、ディグも飲め飲め」
ごくりと唾を飲み込むバルパ、そして彼を見下ろしている一人の老人のドワーフ。
一度じっと動きを止めてから、そっと杯に触れる。
これがヴォーネのためになるのだ…………そう言い聞かせ、バルパはそっと杯に手を触れた。




