宴
すぐさま何かを始めようとするドワーフ達を見て、バルパはかなり焦っていた。
もしやこれが、以前ミーナが言っていた外濠から埋められるというやつだろうか。ドラゴンと戦っても何度死にかけても動じなかった彼でも、自分の得意分野についてはめっぽう弱い。戦いや力の誇示で解決出来ないようなことに関して、彼の問題処理能力は素人に毛が生えた程度である。
幌からミーナ達を下ろし、とりあえず彼女達に問題はないことを告げる。
ミーナが腕を組んでいるヴォーネを見て眉間に皺を寄せ、それを見たヴォーネがパッと手を離した。彼女はそそくさとその場を後にし、ドワーフ達のところへ行ってから何やら話し込みはじめてしまった。
「どういう、こと?」
目からハイライトが消えていくミーナの瞳、それを見て咄嗟に不味いと腕をブンブンとさせるバルパ。二人の様子は傍から見ると夫の浮気を詰っている妻のそれである。
「いや、違うぞそれは。こうするしか、なかったんだ。俺が夫になることでしかドワーフ達を納得させることが……」
「おっ……と?」
だが残念ながら、バルパが逃げた先は袋小路であった。墓穴を掘るとはこのことである、彼は自分がド壺にはまっていることに気付いたが、残念ながらすでに取り返しのつかない場所にまで来てしまっているために訂正は意味をなさない。
「ルル、なんとかしてくれ」
「はいはいミーナ、それくらいにしておきなさい」
「わひゃあっ⁉」
ルルがガシッと男らしくミーナの臀部を掴むと、頬の紅潮と一緒に彼女の瞳に光が戻ってくる。
「バルパさんを困らせてどうするんですか、それじゃあ怒る相手が違うでしょう」
「はっ、そうだね。そうだそうだ‼」
一瞬にして彼女を回復させたその手際は見事の一言ではあるが、何やら問題の棚上げでしかないような気もする。
しかし自分が難を逃れられればそれで良かろうという彼にしては珍しい自分本位を発揮させる。
「仕方ないわ、同胞に認められるって、そう簡単なことじゃないもの」
彼らも彼らで頑固だからね、そう言ってウィンクをしてくるウィリスを見て、バルパは取り敢えず魔力循環を開始した。最近は循環から発動までの時間がほぼゼロにまで短縮されているその魔撃が発動し、球体になった水がウィリスの顔面を強かに打ち付ける。
「がっ、ぼぼばばがぼっ‼ ……っぷぁ、何すんのよ‼」
その反抗的な態度を見て少し安堵し、腕を組んでうんうんと首を縦に振る。
彼はここ最近のウィリスの態度の変化に、かなり強い違和感を覚えていた。
ウィリスというエルフは彼の中で跳ねっ返りであり、言うことを聞かず、隙有らば自分の寝込みを襲ってくる、そんな油断ならない女なのである。
だが最近、なんとなく彼女の態度が違う気がするのである。
具体的にどこからと言われるとわからないが、ここ最近彼女が明らかに軟化し始めているのである。多分ダンと戦ってからのことだろうとはわかってはいたのだが、その理由は未だわからないままでいた。
自分を敵と思い、厳しい態度で当たっていた女が急に普通の女になる。そんな経験をしたことがないバルパには、対処方法もまた全くわからなかった。
ミーナは怒ってるみたいだけど、私はわかってるからね。そんな普通の女のように接されても、バルパの方が困るのである。
どんな生き物も、変わらないではいられない。だがこれほど一気に急変するというのは、今までにない経験だ。
優しくされたからといって他の、例えば良く行く食堂の娘へのような者に対する態度を取る気には、どうしてもなれなかった。
以前と比べて変わった彼女のことを、まだ受け入れきれていないのである。
人は変わる、変われる。そんな風にダンを叱った彼もまた、今まで自分が過ごしてきたものが壊れてしまうのではないかという気持ちに駆られて変化をよしとしないでいる。
今も彼女を怒らせようと、敢えて水を飛ばしたのだ。
「ガキだな、俺も」
「何よ、ぶちのめすわよ‼」
「……」
ヴォーネが離れ空いている右腕に衝撃、首を下げるとエルルが手にぶら下がっているのが見えた。
私はここにいるからね、そう告げているように思える。だが彼女は基本的に黙して語らないために、それが正しい答えなのかどうかはわからない。
「みなさーん、準備ができたので、行きますよー‼」
「覚悟は……できてんだろうなぁ、この貧乳酒狂い‼」
遠くから聞こえる声に反応し、きしゃあぉと奇声を発しながら信じられない速度で走っていくミーナ。以前のような汚い言葉遣いに戻っているのは、彼女がかなりお冠である証拠である。
うるさくなったなぁ、本当に。
「ああ、そうだ。本当に……うるさい」
ガミガミと説教を始めたミーナの背を見ながらエルルを抱え、横のルルと歩幅を合わせ、後ろから追ってくるウィリスを放置する。
こんな日常がいつまでも変わらなければいいのに、無理だとわかっていてもそう願わずにはいられなかった。
変わらないものはない。ヴォーネとはきっと、ここでお別れだ。
出会いがあれば別れがある。だが別れがあるからこそきっと、一瞬は輝くのだ。
バルパは鼻で息を吐き、恐らく始めるであろう酒宴へと向かっていった。




