あなたが私を、狂わせてしまうの 2
「まず最初に、私達を襲った人は名前の無い人でした。彼が私達を襲った目的は特にありません。人間と戦いたかったからだと彼は言っていました」
「なんて…………傍迷惑な……」
斥候を務めているピリルが年のわりに幼い顔を歪める。
「まぁそういった戦闘狂もいますからね。そんな人に出会ってしまった私達の運が悪かったんですよ」
「ああ、戦闘狂ってだけあって……確かにあいつは強かったな」
トゥンガさんとルーニーさんはどうやら彼がドラゴンを倒した英雄によって倒されるというエピック的な話を想像しているようだった。確かに場面だけを切り取ってみたらそうなるのかもしれない。私が謎の人物に拐われる、そしてその人物はドラゴンを倒した英雄に倒されてしまう。しかし英雄は自らの名が売れることを嫌がり助けた私を置いてその場を去っていった……とでも考えているのだろう。私が背撃した二人のことは違和感には思っているが、それは話を聞いて回収すれば良いという感じだろうか。
「で、ですね。彼が私を殺さずにつれていったのは、回復の魔法を教えて欲しかったからだそうです」
「……何よそれっ、無茶苦茶じゃないっ‼」
回復魔法とは聖魔法に属する使い手の極々少ない魔法だ、そんなこと赤ん坊でも知っている。スージーからしたらそんな無理難題を押し付けてきたバルパさんのことはいちゃもんをつけて無理矢理体を奪おうとする悪徳業者のように聞こえているのだろう。それが純粋な興味だということも知らずに。
ルーニーさんがこちらに心配そうな顔を向ける、相変わらず不器用で顔に出やすい人だ。きっと今この人は私が乱暴を働かれたのではないかと考えているのだろう。だけど私の心を慮っているがために詳細に聞くことは憚られる、私の心を抉りたくはないと心の底から思っているのだろうから。
でも安心してください、私は何一つ乱暴なことはされていませんから。お金ももらって貯蓄も出来て、美味しいものも食べられて、身の安全も守ってもらえて良いことずくめでしたから。
「私は聖魔法を教えながら、彼と迷宮の探索を続けました。その過程で鑑定の魔法も教わりたがったので、私はそれも教えてあげることにしました」
「……」
沈黙を保つ四人に私は続ける。
「そして彼は鑑定の魔法が使えるようになりました、ですが聖魔法は私の授業ではついぞ身に付くことはありませんでした。ですが実は、片鱗は見えました。理由はわかりませんが、多分彼は聖魔法が使えるようになると思います」
「……ほう、それはすごい」
トゥンガさんの心のこもっていない賛辞、そんなことは良いからさっさと話を進めろと言いたいのでしょう。彼らはまだ私を拐った人物と私を助けた人物が同一人物だということに気付いていないのでしょうか。
「道中ユニークモンスターを倒したり、階層守護者を倒したりしながら、私達はとうとう第二十階層にやってきました。レッドカーディナルドラゴンが鎮座するこの迷宮の難攻不落の地点です」
こみ上げてくる何かを感じ、私は胸を押さえます。ピリルが何も言わずに私の背中をさすってくれました。
「……そして私と彼は話し合い、食事と寝床を共にして考えました。あ、その時には既に彼はバルパという名前を持っていました。私がつけてあげたんです、自分でも結構良いセンスしてるなと感じましたね」
「……」
「……」
難しい顔をして黙ってしまう四人、ようやく彼らにもことの真相が見えてきたようですね。彼がそれほど悪い人ではないことを、理解してくれると良いのですが。……とこんなことを言っている私ですら一時は彼のことを悪く思ってしまったんですから、私としても何も言えはしないんですけどね。
「そして彼は一人で階段を下っていきました、私はそれをじっと見ていました。バルパがドラゴンを相手に戦い始めます。魔法の品を使いながら、自分より遥かに巨大な相手に彼は一歩も引かずに戦い始めました」
話をしている私は、今きっと陶然としていることでしょう。あの時は何がなんだかわからない状態で、得たいのしれない感情で心がぐちゃぐちゃになってしまっていましたが、今こうやって冷静に回顧すればあれはまるでお伽噺に出てくる英雄そのものだったように思えます。姫を守り、ドラゴンと戦う勇者様……。
ハッと夢から覚めてから一度大きく息を吸い、気持ちを落ち着けます。いけないいけない、なるべく事実に沿ったことを伝えた方が彼らにも伝わるものは多いでしょうからね。
私はその戦闘の局面の一つ一つをありのままに伝えました。
そして戦闘が終わったところで自分が拳を固く握っていたことに気付きました、どうやらかなり力をいれて話してしまっていたようです。
ドラゴンとの戦闘を終えここからの話をどう繋げるべきか考えます。私はバルパさんが彼を不意打ちで殺そうとしていた二人のことを殺したことは想像がついている。彼は無意味に人を殺すような人ではない、無意味どころか自分が明らかに不利になるような状況でもルーニーさん達を逃がすような人だ。そんな彼が、どうして二人を殺したか?
決まっている、私を守るためだ。私が二人を襲ったことがわかれば罰されるであろうことを見越し、彼は全ての罪を一人で被ったのだ。
回復で治しはしたが、彼女達の背中の部分の衣服は焼け焦げて野ざらしになっていたはずだ。もし私がずっと起きていたことがわかってしまえば、私が攻撃したことは白日のもとに晒されてしまうだろう。だから私は彼の意を汲むことにした。
「そして彼は二人を殺し、そこを去っていきました。私の命だけは奪わずに」
暁の皆はどんな風に考えるだろうか。私に情が移った誘拐犯が私だけを生かし後は殺した、そんな風に考えてもらえたら良い。それこそがきっと、バルパさんが望んだ誤解なのだから。殺しに荷担したのは彼だけで、私は命こそ奪われはしなかったものの被害者なのだと皆に考えてもらうと彼は考えたのだろう。
それに反発して、彼と一緒に私も二人を襲ったのはと言うのは何か違うような気がした。そこで我を通しエゴを貫くことは、自己満足にはなってもこれからのことを考えると決して良い選択肢ではない。
それから四人が私が被害者である旨は既に判明しており、後日断頭台のつゆと消えてしまうような冤罪にはならないと教えてくれた。それは冤罪ではなく事実だと言わずに黙っていた私は、久方ぶりに罪悪感を覚えた。
 




