到着
バルパが一心に移動をしているなか、相も変わらず中にいる女性陣は暇をもて余していた。いや、その言い方は正確ではない。
正しくは彼女立ちはめいめいに自分達のやり方で、空いた時間を有効活用する方法を編み出していた。
ミーナは時折外に顔と手を出して、魔法をぶっぱなす訓練をしている。とりあえずガシガシと魔法を使ってからは余った魔力を体内で循環させ、魔力管を広げて効率的な魔力運用の練習を続けている。
彼女の向かいにいるルルは、一人でポンポンと玉を投げては掴み、再び上へと投げていた。その球は白く光っている光球であり、ルルが聖魔法で造り上げた魔法的な産物である。
彼女はそれをお手玉の要領で五つほど投げては掴み、投げては掴んでいる。
一度掴む度に魔力を再度補充して輝きを元に戻したり、かと思えば球数を増やしたり減らしたりもしている。
ルルが行っているのは魔法の多重行使の練習兼微細な魔力調整による魔法の制御だった。
バルパの魔力感知を掻い潜るだけの繊細な魔力制御は、彼女のたゆまぬ鍛練により生み出されていたのである。
他の者達と比べると一段上を行っているその練習の練度と集中力の高さを見て、ヴォーネは凄いなぁと他人事のような感想を抱いていた。
パンッとミーナが柏手を打つと、周囲に魔力が放散されていく。魔法を幾度も使用しているはずであるためにその魔力は彼女の総量から考えると微々たるものであるはずだ。だがヴォーネは自分の肉体を魔力が通り抜けた時には、思わず背中に汗を掻いていた。
彼女は自分では届かない場所にいる二人に対し、仲間への信頼というよりかは尊敬の念に近いものを抱いていた。
二人とも元が良かったということもあるだろうが、それでも今の強さに至るまでには相当な量の訓練や苦労をしてこなければなかったはずである。
それほど愚直に何かが出来るというのは、並大抵のことではない。努力することは誰にでも出来る、そんなよくある論調をヴォーネは信じてはいなかった。
努力することは誰にでも出来るかもしれない、しかし努力を続けることには一種の才能がいる。根気や気合いなどと言い換えてもいいが、それらは普通の者達に標準装備されているようなものではないのである。
彼女は首を横に向ける。すぐ隣では自分の利点を磨くことに関して余念のないウィリスの姿が見えている。
自分達から少し離れた場所、幌の入り口辺りではエルルが一人バルパにちょっかいを出しているのがわかった。
彼女は生来の才能が有用すぎて、そこに自らのスペックを全振りしてしまっている。エルルには魔法を無効化できるという反則的に強力な体質があるが、それと引き換えに彼女本人の身体的なスペックはかなり低い。魔法も上手く使えないし、身体能力も高くないし、身体強化を使ったとしてもそれほど高くならない。
彼女はその存在が盾役として有能なのだ、だからこの一行の中でもしっかりと立ち位置を得ている。
色々と脳足りんな様子を見せているのは、バルパに取り入るための擬態なのではないだろうか。ヴォーネはそんな風に考えていた。
今自分と一番近い位置にいるのはウィリスになるのだろうが、最近の彼女の向学心と来たらルルとミーナに引けを取らないほどである。
そんな皆の中にいると、自分の普通さが際立ってしまう。
本来世間一般からすれば自分のような者が圧倒的大多数なはずである、それがわkっているのにどうしてか劣等感のようなものを感じてしまう。
もうすぐ私は、この場所を去る。
皆と別れることは、もちろん寂しかった。長い間一緒に旅をしてきた仲間だ、寂しくならない訳がない。
だが彼女は心のどこかで、もうすぐ旅が終わることにほっとしている自分がいるのもわかっていた。
変に強くなってしまったため、故郷へ帰っても前のように普通の女の子として暮らすことは出来ないかもしれない。
だけど少なくとも今よりかは平凡で平穏な暮らしが出来る。
それが嬉しくて、そして悲しい。
自分の気持ちがわからないヴォーネは、今日もまた代わり映えのない天井を見上げる。
明日も見上げ、明後日も見上げるであろう少しシミのついた布製の天井を、昨日と同様に今日も見上げる。
私にも何かあれば、違ったんだろうか。
可愛さか、才能か、ガッツか、それとも人当たりの良さか。
そのどれもが彼女の周囲の人間が持っていて、そして自身が持っていないものだった。
ヴォーネが自分の在り方、自分という存在について考えて時間を潰す間にも、どんどんと時間は過ぎていく。
一緒に笑い合ったり、予行演習として一滴だけ酒を舐めてからそのまま吐いたバルパを皆で詰ったりしているうちに、集落が見えてくる。
火山の麓から立ち込める黒い煙、赤っぽい土と白っぽい火山灰の積もる不毛の地帯へと、一行は足を踏み入れることになった。




