やるか
もう一日だけ、バルパ達は滞在させてもらうことになった。バルパとしては急いでもいいと考えていた。だが一番急ぎたがっているはずのヴォーネとウィリスが願ったために、結果としては彼が折れたような形になったのである。
バルパが寝ないという事情もあるため、彼ら一行の朝はすこぶる早い。ピリリもそれに合わせて随分と早起きをしたために、集落を去るのを夜としてもまだ半日以上の時間が残っていた。バルパはこの時間を使い、ピリリ達に修行をつけてやることにした。
日が暮れるまでに狩り場まで行き戦わせるのは流石に難しいだろう。皆も強くなっているために、ただこの辺りでまだ間引かれていないような魔物と戦っても得られるものは少ないはずである。
だからバルパは少し考えてから、模擬戦を提案した。そしてウィリス達がそれを快諾したために、バルパは久しぶりに、彼女達と戦うことになった。
「とりあえず、骨折や内蔵破裂までなら聖魔法とポーションでなんとかなる。殺す気でかかってこい」
バルパが膝を押さえながら足を伸ばし、顔を上げて自らの相手を見つめる。
ミーナ、ルル、ウィリス、エルル、ヴォーネの五人が各々の準備をしながら意識を集中させていた。
一対一で戦い方を教えたりしていたことはあれど、こうして模擬戦をするのは実はほとんど初めてに近かった。
今までは一対一で戦う経験を積むよりも、強力な魔物を殺し経験値を獲得させ、能力の向上を図る方が好ましかった。
未だウィリス、ヴォーネ、エルルに関していえばそうなのだが、ミーナとルルに関して言えば、既に彼女達は個々の戦闘勘を高めっていった方が良い段階に足をかけ始めている。
恐らく皆、そろそろ戦闘能力の強化よりも他の部分を優先させるタイミングが遠からずやって来るだろう。ドラゴンを殺すだけでは能力の強化をほぼほぼ実感出来なくなった自分のように。
今回はそのための予行演習だと思えばいい。そう考えるのと同時、ある程度自分が育ててきた彼女達の実力を、実際に戦って感じてみたいという副次的な目的もあった。
「準備が出来たら言ってくれ」
バルパは向こうの手の内を見てもつまらんと後ろを振り返り、自分の武装を選択することにした。
今彼女達と同等の戦いをするためには、聖剣は使わない方がよいだろう。手を抜くのは嫌いだが、それくらいの手心は加えて然るべきだ。
これからドワーフの住み処へ行くにあたって、久しぶりに緑砲女王を使おうかと無限収納から懐かしい赤緑の盾を取り出すバルパ。
彼女達がどのような作戦で挑んでくるにせよ、決め手になるのはほぼ間違いなくミーナの魔法である。タイミングを合わせ緑砲女王で跳ね返せば、それ以外の四人の攻撃ならば一撃二撃は持ちこたえられる。
無限収納から取り敢えず適当に幾つかの魔法の品を取り出し、魔力からおおよその性能を把握して品定めを続ける。
投擲用の投げナイフを腰に忍ばせ、ルルに回復を使わせないように回復阻害の短剣をその下に隠すようにしまった。
懐かしい装備の数々を取り出していくうちになんだか不思議な気分になってくる。
まるで自分がまだスウィフトから力をもらいたてで、ようやく魔撃が打てるようになった時にまで戻ったかのようだった。
少しの遊び心から、以前着てドラゴンとの戦いで壊れてしまったあの赤い鎧に似た物を選び見に着けてみる。
聖剣を使うのは止めるならどうしようかと考え、また以前使っていた黒い大剣を取り出して背中に差した。
ポーションを口に入れ冥王パティルの短剣を持ち、最後に聖剣を腰に提げれば完全に以前の格好になるのだが、残念なことにあの銀の短剣は今やヴァンスの持ち物である。
あれに頼りたいと思ってしまうような絶望的な実力差の相手との戦いが、そうそうあるとも思えない。
「もういいよ~」
「そうか」
全体的に懐かしい装備を使っているバルパを見て、ミーナとルルが小さく声をあげた。他の皆はなんのことやらさっぱりといった様子である。
バルパは意識を切り替え、しっかりと戦うための準備を整える。
相手は全員が後衛だ、接近戦にさえ持ち込めればまず負けはない。
緑砲女王を装着している今、纏武を使うことは出来ないが、スピードだけならば纏脚で十分に補える。
左右に首を大きく振ると、ゴキゴキと音が鳴った。バルパは魔力を足と左の腕に循環させると同時に魔力感知を発動。戦うための用意をして顔を上げる。
「さぁ、やるか」
彼の真剣な声を聞き、皆の顔が一様に引き締まる。
ミーナ達も腰を落としながら魔力を練り始め、両者は互いに向かい合う形になる。
そして戦いが、始まった。




