久しぶり
鳥が鳴き空で編隊飛行をしている様を見ながら、バルパは肩に幌を抱えて前に進む。
彼らはモランベルトで一夜を明かしてから、酒場を経営しているサラからしっかりと情報を手に入れていた。その情報を元に、ある程度までは場所も絞り込めた。聞いたこともない火山帯の麓、鉄錆の匂いと熱気に包まれた場所にその集落はあるらしい。
エルフ達のそれとは違い、彼らの集落は排他的ではあっても来た者を皆殺しにするほどに物騒ではないとサラは言っていた。
バルパは名前を覚えるのはあまり得意ではないが、地図を拝借しているために丘陵帯や湿地帯の細かな名前は覚えずとも向かうことは十分に可能であった。
モランベルトを東に行ったディグルの街、その北部にある山に彼らは住んでいるのだという。バルパが全力で頑張れば、数日もすれば辿り着ける距離である。
だがバルパの今の足は、東ではなく西に向いていた。
ヴォーネを故郷へ返すことは重要事項の一つではあったが、彼らにはそれよりも先にやるべきだと思われるものがあったからである。
この数日の寄り道に対しては、誰も文句をつけることがなかった。バルパ達と出会ってからの期間が短く、ほとんど面識がないに等しいエルルであっても何も言わなかったのは、あの人懐こい少女のパーソナリティーの力というやつなのだろうか。
「よし、見えてきたぞ。……シルル族の里だ」
バルパ達は少し予定を変更し、ピリリに会いに来たのである。
彼女の首に繋がったままの鎖を、解き放つために。
「ば…………………ルパアアアアアアッ‼」
遠くからバルパがやって来たのを見たピリリが、凄まじい速度で彼目掛けて飛んでくる。
髪が少し伸び、身長も少し高くなっている。だがバルパが一番気にしたのはそのような外見的な部分ではなく、そのスピードと最高速度に持っていくまでの時間の短さだった。
どうやら彼女もまた、成長しているらしい。見た目の変化ではなく魔力量や戦闘能力の変化に成長を感じ取るこのズレた感性は、恐らく一生治ることはないだろう。
今はなんとなく魔力を感じるといった程度の最低レベルの魔法の品を装備しているバルパの表面はかなり堅いはずなのだが、そんなことはおかまいなしに彼女はグリグリと頭を擦りつけてくる。
バルパは近況を聞いたりこちらの話をしたりする前にまずは本来の目的を達成することにした。
ピリリの首筋に触れ、未だついたままの隷属の首輪を指でつく。
聖属性の魔力を伴ったその接触が、彼女の首筋の武骨な輪を風化させ、バラバラに砕いて破壊した。
「……え?」
「ピリリ、少し遅れたがこれでお前は本当の意味で、自由だ」
「わっ、ホントだ。ありがとー」
なんだか暢気というかなんというか……と少し首を捻るバルパ。彼はもう少し違うリアクションが来ると予想していただけに、少し脱力してしまう。
「そ、そうだ……だけどなんだか、普通だな。 結構長い間着いてたんだが、取れたことによる揺り戻しみたいなものはないか?」
「うん、だってバルパならなんとかしてくれるってわかってたもんね‼」
ああ、と心の中でひとりごちるバルパ。彼女は間違いなくピリリだ、そんな当たり前のことを再確認する。
この強い信頼を彼女のような天真爛漫な少女に寄せられている。
そのことが少しだけ、バルパの心を高揚させる。
自分は彼女の笑顔を造ることに貢献が出来た。そう考えれば気分も晴れるというものだ。
「あ、皆久しぶりー‼」
「元気してた? ちゃんとご飯いっぱい食べてる? 人間共に色目使われたりしてない?」
「ちょっと髪の毛ボサボサよ、ちゃんと手入れしてるの?」
ヴォーネとウィリスはバルパに抱きついていたピリリを剥がし、どこか遠くへ連れていってしまった。
「わーっ、わーっ‼」
大変だ大変だと叫んでいるピリリは、全然大変そうに見えない。ミーナ、ルル、エルルの三人と軽く挨拶をすると、元奴隷の三人は小さな家の中へ入っていってしまった。
本当なら色々と聞いたり向こうから聞かれた質問に答えようとしたりするはずだったのだが、またしても彼のあては外れた。
そして女性の機微に疎いバルパには、あの三人の輪に入り会話の主導権を握ったりするような力はない。腕っぷしだけがあっても、バルパもまたバルパのままなのである。
「俺よりも長い時間一緒にいた三人だ、積もる話というやつもあるだろう」
「それではとりあえず、挨拶回りでもしましょうか」
「そうだな、何もピリリから全てを聞き出す必要もない」
バルパ達はとりあえず虫使い達から話を聞き、現状の確認をすることにした。




