家族には、なれないけれど
「パパッ‼」
「ヌル‼」
ひしと抱き合う親子を見てから、ダンは半開きになっていたドアから首を引っ込めて、そっと家を後にする。
ダン達が再度集まり一路ヌルの家に向かってから一ヶ月ほどが経過していた。その最中に彼らは簡易的なマニュアルの製作や、新人冒険者達への戦闘指導等をしながら出来ること、出来ないことの違いをしっかりと認識しつつ、先へ進んできた。
方界と呼ばれる場所にあるらしいアミの故郷はどこかわからなかったために、まずは魔物の領域ではなく人間領を突っ切ってきた形である。
それほど遠い場所に無かったのは不幸中の幸いだった。そう感じながら扉の向こうから聞こえてくる足音を聞き、後ろを向こうとしていた体を止める。
すると中からは先に感動の再会を終え、ある程度心の平衡を保てているヌルの母親が出てきた。
「ありがとうございます、ダンさん」
「さっき言われたからもうお礼はいいよ」
「本当に、ありがとうございます」
「……」
同じことを二回言わなくていいよ、とは彼女がまた泣きそうになっているその様子を見れば言えなかった。
彼らは村に入ったのだが、その際にぼうっとしながら街の入り口を眺めているヌルの母によって捕捉されたのだ。
号泣しながらヌルを抱き締めている彼女の様子は、寸前まで生気のない顔をしていた女性と同一人物だとは思えないほどに生き生きとしていた。
少し落ち着いてから、彼女はヌルがいなくなってからというもの、毎日村からの人の出入りを見つめるだけの生活を送っていたらしい。半分脱け殻のようになりながら、最低限の農作業だけを行うような暮らしぶりだったようだ。
そんな彼女の事情と、これまでのヌルの事情を話し終えた時には空が暮れ始めたために、彼らは勢いそのままヌルの家へとやって来たのだ。
ヌルの母親であるソレイユは後ろから聞こえている二人の声を聞き、まず自分の夫に報告すべきだったと言って頬を赤らめていた。
普段はダン相手に啖呵を切ってみせるヌルであっても、久しぶりの親との再会では形なしだ。案外世界で最も強い人間とは、世界最強の人間の両親なのかもしれないとそんな益体もないことを考える。
「じゃあとりあえずさっきの小屋に一泊するから、今日は親子水入らずを楽しむといいよ」
「はい、はい、ありがとうございます」
これ以上いて彼女の気を揉ませるのもあれだろうと思い、ダンはきびすを返す。すると彼のすぐ後ろに、家の中から漏れ出ている声を聞き複雑そうな顔をしているイツネとハツネの姿が見えた。彼女達は身売り同然の形で半ば強引に家から出ていくことになった。きっと仲睦まじい家庭というやつを実際に目にして、何か思うものがあったのだろう。
右手でイツネの、左手でハツネの頭をポンと叩いてダンは目を瞑る。
「その悲しさを理解できない僕が、君達に悲しがるなとは言えないけれど」
ヌルが今まで見せたことのないような儚げな顔をしているのを見て、親子というものが一体なんなのか、ダンには少しだけわかったような気がした。
「悲しい顔よりも笑顔の方が、気分は上がるよ」
「……はい」
「そうねすね」
早くこの場を去りたそうな二人の後を追うようにして、三人は先ほどあてがわれた小屋へと歩いていく。
「あの、一つ質問しても良いでしょうか?」
「一つと言わず、幾つでもいいよ」
「ダンさんの家族は、どんな人でしたか?」
「いない、生まれてから一人も僕にはそういった類いの人間はね」
しきりに謝るイツネの後頭部を見ながら、ダンは自分が家族を見ても特に羨んだり妬んだりしないことに気付いていた。
彼は仲間を求めていた。極論を言えば家族というのは利害関係を抜きにしても一緒にいてくれる究極の仲間のようなものだ。
どうして自分からは、大してやっかみが湧いてこないのだろう。
そう考えるダンの脳裏に、星光教の教義や解釈を除いては大して弁舌の振るわない、一人の壮年の男性の姿が浮かんだ。
(僕にとって父親のような人間がいたから、かもしれないね)
将来的に星光教の重要拠点の破壊を視野に入れているダンは、もし自分が全面対決を行うようなことになれば、一度くらいはホルンハイトと会えるかもしれないなと呑気に考えた。
彼は僕にとって、家族のような何かだったのかもしれない。
イツネにもハツネにも家族が居て、以前は一緒に笑い合ったり泣きじゃくったりした経験が、あるのかもしれない。
だけどそれは過去のことでしかない。そして時僕らが生きているのは今だ、そして未来だ。
ダンは未だ機嫌の治らない二人の細い腰を抱くと、二人は全く同じタイミングでキャッと声をあげた。
最近よく食べるようになってくれば以前よりも肉付きがついてはいるが、やはりまだ随分と細い。もうちょっと食事を食べさせようと思いながら、二人の顔を交互に見る。
「僕達は家族にはなれない、やはりどこまでいっても労働者と雇用主の関係でしかないからね」
だけどとダンは続ける。
「家族よりも深い仲で他人が結ばれることだって、きっとある」
ダンは自分の言葉が彼女たちへ、そして同時に自分へと向けられていることに気付き少し恥ずかしい気分になった。
最近は彼の表情を読めるようになってきた二人が、それを見て控えめに笑う。
誰かに自分のことを知ってもらうことは弱味だと思っていた。だがそれは弱味であるのと同時、誰かと誰かを繋いでくれるバイパスでもあるのだ。
今はまだバルパやヴァンスに負けた時の醜態の詳細な様子を教えたりはしていない。けれどもう少ししたら、教えるのもありかもしれない。
ダンはそんな風に考えながら、二人と横並びに進んでいった。
ヌル以外の三人が待つ、小さくも温かいボロ小屋へと。




