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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第一章 狩る者と狩られる者
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あなたが私を、狂わせてしまうの 1

 目の前で戦っている、自分の知っているものと自分の知らないものが。知っているものは傷だらけで、知らないものは私の嫌いな魔物だ。

 赤い紅蓮の鱗、生理的な恐怖を呼び起こす鋭い顔、先端に邪悪さが宿っているのではないかと思うほどに尖った牙。巻き起こす攻撃は一つ一つが災害で、その攻撃の一つ一つがバルパさんの武器を、防具を、肉体を焦がしていく。

 そして露になる鎧の下の素肌。その色は、緑で、その歯は剥き出しで、その肉体はどこからどう見ても魔物そのもの……。

 魔物、それは人類の敵だ。許すわけにはいかない、許してはいけない。

 だがバルパさんは味方、いやそんなわけない。魔物は全部敵。亜人は魔物、星光教だってそう言ってる。だから間違ってるのは私じゃない。間違ってるのは……。


 自分の前に、人間二人が倒れていた。その背中は焼け焦げていて、剥がれた背中の皮膚がこちらに見えている。

 あれ、なんで? 人間は味方、ということは彼らは味方……バルパさんは、敵……。

 敵? じゃあどうして私はあの魔物とバルパさんの戦いを見ていた? 魔物と話していた私は、私は…………。

 意識が保てない、まるでフワフワの雲の中にいるかのよう。

 どうすれば良い、何をすれば良い。思考を放棄したまま見上げたそこには魔物であり、そして短くない時間自分を拉致し行動を共にした姿がある。

 ああなるほど、魔物はやっぱり野蛮だ。殺さなくてはいけない。

 だけど私も連れていって欲しい、え、なんで? 

 なんで、私は……魔物と……



「ん、んぅ…………」

「ルルッ‼」

 ゆっくりと目を開く。そこには慣れ親しんでいて、それでいてどこか懐かしさを感じる彼女の姿があった。

「スージー……?」

「ちょ、ちょっと待って‼ みんなを呼んでくるからっ‼」

 ドタドタと音を鳴らして部屋を出ていくスージー。彼女が部屋を出たことで、私は今どこかの一室にいるのだということに気付く。

 ここはダンジョンの中ではない、ということはつまり私はあそこから助けられたということ。

 ということはさっきまで見ていた光景は、夢でもなんでもなく……

「……うぷっ‼」

 口の中に酸っぱいものが広がった、こみ上げてくる吐き気と押さえきれない自分への嫌悪感。

 私は今さっき、何を考えていた? 戦闘の直前まで、自分とこれからも一緒にいてくれれば良いと考えていた人を……いや、魔物をあんな風に考えて。

「……ぁっ…………うぁっ‼」

 気持ち悪い。バルパさんが、ではない。バルパさんの正体が亜人ではなく魔物だとわかっただけで今までの思い出も記憶も関係なく殺さなくてはと考えてしまった自分が。

 亜人は滅多に見ることの出来ない存在だ。いや、魔物側が戦争に負けたことでこれからは目につくことも増えるかもしれないので今はまだという話ではあるのだが。亜人ならば問題ないと思っていたのだ、亜人というものはどこか現実のものではなくてお話の中の空想のような気がしていたから。

 だが魔物だとわかるとこれだ、自分という人間の性根はどれだけ浅ましいというのか。一緒に過ごしてきた時間は、戦ってきた時間は、魔物への根元的な悪感情に塗りつぶされてしまう程度のものなのか?

 確かに最初はパーティーごと殺されかけたかもしれない、今こんな風に感じている寂寥感は閉鎖空間で時間を過ごしたことで生まれたまやかしのようなものなのかもしれない。

 だけど私は、あの二人に気付かぬうち攻撃を仕掛け、そして今後悔している私はっ……‼

「お…………おえええぇぇぇぇっ‼」

 思いきり戻し、胃の中に入っていたものを全てべっどの上にぶちまける。

 その中には私が食べたいと願って彼に焼いてもらったドラゴンの肉がある。

「うあ…………」

 吐瀉物にまみれたその茶色い肉は、噛んで飲み込まれたせいでふにゃふにゃにふやけている。

 そっと肉の欠片を手に取った。

 今では…………別れてしまった今ではこれだけが、これだけが私とバルパさんを繋ぐ唯一の絆。

「……ふふっ、変なの」

 なんで別れを惜しんでいるんだろう。本来なら仲間との再会を喜ぶべきである場面で私はどうして、自分を拉致した魔物のことのことを考えているんだろう。

 ルーニーさんがいて、暁の元へ帰ってこれて、これで万事解決じゃないか。

 私は手にドラゴンの欠片を持ったまま、吐瀉物を避けるようにベッドに横になった。


 それからしばらくしてから再び意識を戻すと、吐いたはずの私のベッドはしっかり綺麗になっていた。整えられたベッドの上で再会を喜ぶ私達、ルーニーさんが私が無事だったことを喜んでいてはらはらと涙を流している。

「良かった……良かったっ‼」

 私はただ曖昧に頷いた。なんにも良くなんてない、私は迷宮を出てからもバルパさんに色々と教えるつもりだったのに。

 私達は離ればなれになってからのことを報告しあった。彼らはバルパさんのことを私の実家関連のことだと誤解し、わざわざ出国してまで私の行方を探そうとしてくれていたらしい。そしてどうやら向こうにはいないということを理解し、こちらへ帰ってきたところでダンジョンの中で倒れている私が治癒院に入っていることを聞いたのだという。

 二つの首無し死体と一緒にあった私は最初は死んでいると思われたらしいのだが、息があるのに気付いた冒険者の方がわざわざ運び込んでくれたのだという。

「ルルが居た場所が第二十階層でな。実はそこで信じられないようなことが起こったんだよ‼」

 彼らは長年第二十階層以降の攻略を阻んでいたレッドカーディナルドラゴンが何者かの手によって討伐されたと興奮ぎみに話していた。おそらくドラゴンを倒した人が倒れていたルルを助けたのだろうと暁の皆は語っていた。

 それを聞いて私は少しだけ誇らしい気分になった、それをやったのはバルパさん。そして一緒に戦い方を考えて、一緒にご飯を食べて、一緒に寝たのは私なのだ。もちろん一緒に寝たといっても、それはいやらしい意味とかではなくて、文字通り段差の部分で肩を寄せ合って寝たというだけのことだったけれど。半ば強引に距離を詰めて寝させてもらったのだけど、あの時のバルパさんは……

「ふ、ふふふ……」

「……どうしたルル? 何かおかしなところがあったか?」

「ええ、とっても……」

 訝しげな顔をする四人に私は自分が彼らと別れてからの話をすることにした。

 ああ、きっと今自分は人に見せてはいけないような笑みを浮かべている。私にはどうしてか、それがわかった。

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