本当に欲しかったもの
もじもじと急に恥ずかしそうに身体をよじるヌルが、すぐ目の前にいた。そしてその後ろに付き従うように並んでいるイツネ達もまた、むず痒そうな顔をしてダンの方を見つめている。
「あの……」
「何かな?」
「これ……どうぞ」
ヌルが腕を前に出す。
手のひらの上には、木で出来た歪な丸の輪があった。長さは首に巻けるくらいで、編み細工の要領で締めたり緩めたり出来るようになっている。
ダンはその木製の円環を、呆けたように見つめている。
「それは…………?」
「私達からの、気持ちです。お金とかないですし、近くの木から集めて作ったのであんまり見栄えもよくないですけど……」
「それを……僕に?」
「はい」
小さく震えている指先で、その輪を掴んで手の上に乗せる。見て触ってみたところ、この輪のサイズは一週間前、ダンが彼女達から取り外した隷属の首輪くらいだった。
物を、貰う。所謂プレゼントというものを、彼は今まで一度もされたことがなかった。武器が貸し与えられるのも、薬を渡されるのも、それが彼らにとって必要だったが故の処置でしかなかった。
何も打算のない、善意からの贈り物。
金もかかっていなければ、恐らく時間もそれほどかかっていないはずのその木の輪っかを、ダンはほんの少し強く握った。
彼が戸惑っているのと、六人がせーのと声を合わせるのが聞こえた。
「「「ありがとう、ございましたっ‼」」」
「…………っ‼」
瞬間、ダンの脳裏にある光景がフラッシュバックした。
それは消毒用のアルコールの臭いの強い、救護室の思い出。
目から、鼻から、そして耳からとありとあらゆる穴から血を噴き出していたダンに、星光教所属の研究員達が言った言葉が、耳の奥に反響する。
『ありがとうr11061‼ これでまた計画が一歩前進した、君は本当に素晴らしい素体だよ‼』
一瞬の後、すぐにセピア色だった視界は元に戻り、六つの笑顔が彼のことを出迎えてくれた。
(…………違う)
言っている言葉は、同じはずだった。
(全然、違う)
だけどダンにとって、両者は全くの別物だった。
自分を追い込んだ男達も、そしてヌル達も笑っている。していることも話している言葉も同じはずなのに、ダンの胸を脈打たせたのは、彼女達だった。
(言ってることは同じはずなのに、全然違う)
その違いは、一体どこにあるのだろう。
少し考えて、そしてすぐに答えは出た。
解答など、最初から出ている。
ヌル達の笑顔には、信頼があった。他の誰でもない、ダンへの感謝の気持ちがあるのがわかった。
そう感じるのと同時、ダンは右手に乗せているこの首輪が、何よりも愛しい物に感じた。
(ああ……そうか)
僕が、僕が欲しかったのは、きっと…………
誰かからの心からのありがとうの気持ち、だったんだ。
彼の中にあった暗い気持ちも、彼を悩ませていた苦悩も、全てが解けて消えていく。
そうだよ、そうだ。
勇者なんかに、ならなくてもいいんだ。
聖剣なんて、必要ないんだ。
ずっとずっと欲しかったものが……今、僕の目の前にあるんだ。
「…………」
上手く言葉が出なかった。口下手で、この気持ちを上手く言葉に出来ない自分が嫌だった。
「ちょ、ちょっとダン様⁉」
「大丈夫ですかっ⁉」
皆が何に驚いているのか、一瞬彼にはわからなかった。彼女達が凝視しているのは顔だったから、ダンは自分の顔をゆっくりとなぞっていく。
そして自分の頬が、暖かい雫で濡れているのがわかった。
(僕は今……泣いているのか)
普段あまり出てこない感情が、一気に表に出てきているのだ。
ずっとずっと焦がれていたものを目の当たりにして、気持ちが高揚しているのがわかった。
(僕はまだ…………泣けるのか)
しゃくりあげるダンの頭を、皆が代わる代わる撫でていった。口々にありがとうと言う彼女達を見て、ダンは自分なりにこの気持ちを伝えることを決めた。
こんな僕でも、誰かの役に立てると。君たちがそう教えてくれた。
こんな僕のことを、信用してくれた。
ありがとう、本当に。
「みんな………………あり、がとっ‼」
ダンは、自分が言われて嬉しかった言葉を返す。
彼の本気が伝わったからか、何人かが瞳を潤ませた。
ぐしゃぐしゃになりながら必死でお礼を伝えるダンは、どこからどう見てもただの少年にしか見えなかった。
今日この日から、ダンは本当の意味で人間になった。
彼の一番欲しかったものを手に入れた、今この瞬間から。




