暗闇
「……どうかした? 何か問題でも発生したの?」
「いえ、なんでもありません」
「……そう、ならいいや」
ダンは皆を先導しながら、先ほど見つけた魔物のいる場所へと彼女達を誘導する。
自分に内緒で何かをしていたのかもしれない、悪口を口にしたりしてたと見るのが妥当だろう。
ガス抜きくらいは許さないとね、とダンは詳細な内容を聞き出そうとはしなかった。たまの休憩時間位には心を休めてもよいだろう。
どこか甘くなりそうになる気持ちを必死に押さえながら、彼は指先で魔物の位置を示し、彼女達を先行させる。
先頭は剣を持ったアミが、その後ろにヌルとリューンが続き牽制と応戦。ティルが中衛を務めどちらからの攻撃にも対応出来るようにして、イツネとハツネがデカい一撃を当てるための時間を稼ぐ。
ダンは空へ飛び上がり、もしもの時は助けに入れるような位置取りを心がけながら、新たな獲物を探す。
チラチラと横目で見る彼女達の戦いぶりには、不安な所はあまりない。
軽い魔法を当てる者、敵の注意を引く近接、遠くから一撃を当てる後衛。彼女達はバランスの取れたパーティーになったと言ってしまっても良いだろう。
各々が出来ることを最大限重視して有用性を高めた結果、なんでも出来るゼネラリストというよりかは一点に特化したスペシャリスト向けの育成を施してしまった。
「……戦う上では器用貧乏より一点突破のバカの方が勝つから、正しいっちゃ正しいんだけどね」
今後好きな方向に進めるように、もう少し満遍なくするだけの育て方をするには、最低でもあと一週間は必要だった。
だけどまぁ……一週間の成果として考えるならば、これで十分だろう。
以前とは異なり戦闘が終わっても気を抜かなくなった彼女達を見て、ダンは自分の薫陶が行き渡っていることに満足感を覚える。
近くに魔物がいる場所で敢えて連戦させたり、ぐるぐると迂回して方向感覚を喪失させて迷わせたりしたのがしっかりと効いているようだった。
しっかりと辺りに気を配りながら、ついでとばかりに自分をちらと見る彼女達は以前と比べると逞しくなった。
「……よし、最後だし絶対に勝てない相手に挑ませよう」
悪戯っ子のような考えを抱いていてもダンの表情はほとんど変わらなかった。だがこの一週間という期間に彼と濃密な時間を過ごしてきたヌル達には、ダンがまた何か良からぬことを考えいるということを、直感的に悟っていた。
そして最後だからと一切の容赦なく続けられた戦闘は、皆の全身が傷だらけになり、実際に死にかけるまで続いたのだった。
「……」
「…………ふぅ」
「はぁ……」
疲労困憊な様子のヌル達を見て、凄まじい棒読みでたるんでるぞと伝えるダン。
「だって…………あんな馬、倒せませんよ普通」
「そう? あれくらい倒せないと、一人前の冒険者としてやっていけないよ?」
「いいんですよ、私達まだ戦い始めなんですから‼」
「一週間で一人前になれるようなら、世界は今や一人前の人達だらけになってます‼」
「喋る元気があるなら、夜間戦闘もしとくかい?」
「…………」
「冗談だよ、もっと笑ってくれていいのに」
「あなたの冗談はわかりにくいんです‼」
夕日が沈み夜が来て、戦いを終えてから焚き火を囲む。
火を囲みながら肉を焼き、魚を焼き、野菜を焼いて次々と口に運んでいく。お腹いっぱいになるまで食べていいというダンが口が酸っぱくなるほど言っていたおかげで、彼女達の
食べっぷりに遠慮する様子は見られない。
七日という期間は、他人の全てを知ることが出来るほど長くはない。だが同時に、何も見えてこないというほどに短くもなかった。
「美味しいね」
「うん、本当に」
イツネとハツネは主菜の間にかなりの高頻度で野菜を挟む癖がある。会話は二人で完結していることが多いが、案外別々に行動を取ることも多い。多分一定の線引きがあって、二人で上手いことやっているのだろうとダンは推測していた。
「ちょ、ちょっと俺の分勝手に取らないでよ」
「この世はじゃくにくきょうしょく‼」
ティルは自分に自信がついたせいか、年頃の男子のような口調に変わっていた。だがどうにも押しが弱い部分が目立つ。リューンは話し方は子供っぽいが、案外シビアな面もある。
人として扱われなかった経験が、二人の性根の深くにある何らかの芯をねじ曲げてしまったのだろうと、似たような経験のあるダンにはわかった。それを自分の一部として認められるかどうかが、二人の今後の課題だろう。
「はいダン様、あーん」
「もぐもぐ……生焼けだね」
「嘘っ⁉ ちゃんと焼いたはずなのに」
「うん、だって嘘だもん」
「もー‼ もーっ‼」
ヌルはなんというか、普通だった。だが悲惨な環境下に置かれてもなお普通でいられるということは、何よりの強さの証だ。ダンは一番精神面で優れているのは彼女だろうと考えていた。
「ダラケルの意思疏通に、丸みの帯びた感謝を……」
アミは木の棒でよくわからない方陣を作ってから夜空を見上げ、冷めてから肉を頬張っていた。
ダンなりに理解しようとはしたのだが、彼女のことはあまりよくわからなかった。戦闘意欲が旺盛で、あまりアツアツの物を食べようとしない猫舌気質で、何かと物事を記号的、図形的に解釈する癖があって、そしてどういう理由かダンに尊敬を抱いているということくらいしか知らなかった。
「……あれ、思ったより知ってた?」
まぁいいかと再び差し出された肉を口に入れるダン。さきほどの当てつけか、今度は肉質が明らかに悪くなるまでしっかりと焼かれた肉の食間が口の中へ広がった。
オレンジ色に光る炎に照らされ、皆の笑顔がよりいっそう映える。
果たしてこれは、誰かを悲しませてきた自分が見ても良いものなのだろうか。
そんな後ろめたさから思わず顔を俯かせる。
「ダン様、少し目を瞑っていてください」
「……? わかった」
言われるがまま、彼は目を閉じた。暗い世界に包まれると、先ほどの思考に引っ張られてか、昔の記憶がふと頭をよぎる。
実験動物以下の、自らの生殺与奪すら他人に握られていた頃の記憶。どこか破滅的な快楽を感じてすらいた、以前の自分。
凄惨な光景が、流れては消えていく。
(…………僕は)
ここにいても、いいのだろうか。自問をしても、答えは出ない。
「もういいですよ、目を開けてください」
ダンは自分の心の底に溜まる闇を払拭するために、再び目を開いた。




