得意なことは違う
ダンは他人に厳しい。一切手を抜かずに常に全力を出させようとする彼を、しかしヌル達は決して非難しなかった。彼女達は自分達にかまっていない時間に、ひたすらに自分を苛め抜いている彼の姿を見つめていたからだ。
ダンは他人に厳しい、だが彼は必ずそれ以上に自分に対して厳しかった。
彼らの一週間の生活は基本的にはルーティーンの繰り返しだった。
まず最初に魔物をありったけ狩らせる。ダンが森で半殺しにしてきた魔物達にトドメを刺すだけの単純な作業だったが、それを何度、何十度と繰り返しているうちに彼女達は自分の能力が明らかに高くなっていることに気付いた。
初日に森の奥地を根城にしていたガイアワイバーンを瀕死にしてきたダンを見たときに、彼女達は彼にだけは絶対に逆らわないようにしようとそう心に決めた。彼女達がその空を飛べなくなった大蜥蜴を殺した時、皆の体を覆うように緑色の光が漏れ出した。
それは強さの変動時、その触れ幅が多い場合に起こる強さの可視化現象だ。ダンの説明を聞くのと同時、彼女達は自分の体内に今まで感じ取れなかった何かがあることを確かに感じていた。
朝に魔物を狩ったら、昼は座学を行った。昼御飯を食べて眠たくなる自分達に鞭を打ち、彼女達は自分の体内にある魔力を感じ、そして魔法のイロハを教わった。その進行具合には明確な格差が出た。早いものは初日のうちに指先から小さな種火を生み出せるようになり、一番遅かったティルでも三日目には魔法を使うことが出来るようになった。
魔法の使い方を習ってからは実戦に耐えうるように各々に一種類だけに属性を絞って練習させることを徹底した。
使う属性を絞り、そして各自がなるべく使い勝手がよく、すぐ覚えられ、かつ応用の利くような基本的な魔法だけを習熟させた。魔力量の多寡は如実に表れ、それは魔法技能への習熟度の差となった。
魔法を覚えるまでに一番時間がかかったティルは、実は六人の中で最もたくさんの魔力を持っていた。そのため彼はめきめきと頭角を表していき、五日目の終わる段階で六人の中で抜きん出た存在へと成長した。彼は土を、自分の周囲半径数メートルに渡って自在に操り、攻撃にも防御にも使えるようになった。
ヌルは全体的に平均な能力を持ち、火魔法の火球を選択し愚直に練習を重ねた。
イツネとハツネは揃って風魔法に親和性が高く、二人で同時に魔法を使用することでかなりの威力を発揮できるようになった。合体魔法と呼ばれるその技術は、ダンをして今まで一度も見たことのないものだった。彼にはプライドはあってもそれよりも大切なものがあるために、ダンは素直に二人を称賛し、その日のご飯には色を付けた。
中で一番魔力の少なかったリューンは、それほど適性のある人間のいない雷属性を上手く使ってみせた。彼女は致死の一撃ではなく、相手の動きを鈍らせる遠雷の魔法を覚えた。
元から最低限の知識があったアミは、属性魔法ではなく身体強化を選んだ。彼女は六人の中で最も優秀な戦士になった。そこらの冒険者相手なら互角に切り結ぶことが出来る程度には、剣の扱いに対して熟達した。
昼が魔法に関しての座学だとすると、三時から日が暮れるまでが実戦の時間だった。
魔法がほとんど使えなかった当初は、皆が手に剣を持ちゴブリンを相手に戦った。傷付いてもダンが惜しげもなく薬を使ってくれるために、皆今後の生活に支障を来すような怪我をすることはなかった。
だが最初から何事も上手くいくはずはない。ゴブリンを殺せるようになった段階で、ヌルとリューン、ティルは思いきり昼に食べた食事を戻した。戻した物を食べようとする奴隷根性など今すぐ捨てろと、ダンは吐瀉物を思いきり踏みつけて一喝した。
何度でも吐け、出てくるのが黄色い胃液だけになるまで、口の中で吐瀉物を押さえられるようになるまで続けろと、彼は一切の容赦なく殺しては彼女達に嘔吐させた。
イツネとハツネも臭気に当てられ我慢していたものが吹き出し、戻した。そして彼女達の食堂が酸性の液体で荒れるようになってから二日ほどで、ようやく彼女達は感覚が麻痺し始めた。殺さなければ殺される、そう言い聞かされた彼女達は機械的に魔物を狩った。
殺せないよりも、狂ってでも殺せるようになった方がいい。そう言いながらダンは何かあれば、別れた後で僕のことを好きなように憎めばいいと伝えた。そして彼女達は自分の中にあった純情を殺し、いっそう戦いに打ち込むようになった。それは考えることを止めたのでも、責任を転嫁したことでもなく。ただ生きるために死力を尽くす、そういう当たり前を大人になるよりも少しだけ早く知ったという、ただそれだけのことだった。
皆がゲロゲロと吐き続けている中、アミだけは平然とした顔をしていた。吐瀉物で周囲が汚されている状態で食事を出すように求めるその胆力は、少し気持ち悪くなり始めていたダンをして、思わず感嘆せしめるほどのものだった。
そして夜になると、彼らは休んだ。五人全員が、まともにご飯を食べることすらも億劫なほどに眠くなるのが常だった。ダンは強引に摂らせられ、一人を除いて泥のように眠りこけた。
亜人であり疲れに強いアミに夜警を任せ、ダンは毎夜空を飛んで街へ出かけた。近場の街へ行き次の日のための食事や薬を、眠らぬ街で買い求めた。
幾つもの賭場、幾つもの奴隷市場を見たが、彼はそれら全てに見てみぬふりをした。
今僕がやっていることが最善なのだ、ダンはそう自分に言い聞かせ差し伸べようと動く手を強引に引っ込めた。
木々の中で夜営をしているアミの元へ戻り、彼女達の寝顔を見て、彼は自分の正しさを思い目を瞑った。普通の人間より強いとは言えど、彼にもまた睡眠は必要なのだから。
そんな厳しくも充実した日々は、流れるように過ぎていく。
一日中自分以外の誰かのために奔走するという初めての経験に四苦八苦しているうちに六日目は終わり、ダンは七度目の朝陽を見上げた。




