誓う相手は、神じゃない
「一例をあげるとするなら……僕は十の力を持つ魔物を殺せば、五の力が手に入る。そして多分君たちは同じ魔物を殺しても、一の以下の力しか手に入らない。こればっかりは生まれもっての部分が大きいから、どうにもならない部分だね」
だが極論を言えば僕の千倍魔物を殺せば君たちだって十分に強くなれる、ダンの視線を受けてヌルがごくりと唾を飲み込んだ。
「確かに吸収効率の良い、つまり強くなりやすい人間っていうのはどんどんと先へ進んでいく。だけどそれは何も、誰からもチャンスが奪われてしまっているってことではないんだ。個人的な意見を言わせてもらえば、僕はこの世界は酷く平等に出来ていると思う。運否天賦による一発逆転もあるけれど、どんな生き物に対しても努力は裏切らないからね」
「ぼ、僕でも強くなれるでしょうか」
「なれる、半生を費やせば誰でも三流には慣れる。具体的には、そうだね……本気で努力を続けることが出来て、かつ死なないだけの何かを持っていれば、多分どんな人間でもドラゴン単独討伐くらいなら出来ると思うよ」
「それはおかしいと思います、それならもっとたくさんの人間が、百人切り出来るような英雄になっていないとおかしいじゃないですか」
「本気の努力だけじゃだめさ、もちろんね。果たして本気の努力、文字通りありとあらゆるもの全てを擲って頑張り続けている人がどれだけいるかはわからないけれど、やはり最後に重要になってくるのは気概と運みたいな強さとあまり関わりのなさそうに見える部分だ」
自分はあと一歩の所で、バルパに及ばなかった。自分と彼の違いとはなんだったか。
彼にはもしもの時に頼れる師匠が居て、自分には居なかった。
彼には死の淵にいるときに助けてくれる仲間が居て、自分には居なかった。
そういった目に見える違いも多かったが、ダンは自分とバルパの一番の違いは、運だと思っていた。生まれた場所、育った環境、やって来たチャンス、幸運な出会い、そういった積み重ねが、きっと二人を隔てたのだと、ダンはそう考えている。
「壁を越えようと死線を潜り抜ければ二流、死と隣り合わせになりながらダンスを踊れるような気狂い、そして死をはね除けることの出来る何かを持つ者だけが、一流へ手を届かせることが出来るようになる」
「……」
「明言しておくと、僕は二流だ。僕は主役にはなれないし、舞台で例えるのなら中盤で切り捨てられる悪役程度の役目だろうね」
彼の言葉を聞いて、ヌルはそんなわけがないと口に出した。
僕も少し前までは、君と同じ考えだったよ。ダンは苦笑しながらそう返せるくらいには、成長していた。
「世の中は力が全て……というわけではないんだ。僕はそれを、この身で痛感させられた。自分より弱かった奴に負ける、そんなこともままあるんだよね、これが」
「あ、あんなにすごかったのに……まけちゃったの?」
「うん、それも二回ね」
「マ、マジっすか……」
「うん、うち一回は完敗ね。触れることすら出来なかった」
「相手はそのぉ、やっぱり天才だったんですか」
「ううん違う、その逆さ。多分、そうだねアミ以外は知ってると思うけど……」
ヴァンスの名を出すと、アミ以外の五人は知っていた。まぁ有名人だしね、とダンが手元にある剣をくるくると回す。
「彼は多分、経験値獲得効率だったら君達よりも悪いんじゃないかな。多分人間の中でも、育ちにくさという意味では最下級の人間だと思うよ」
「そんなことがあり得るんですか?」
「さっきも言ったでしょ。僕が百倒して五十を手に入れる間に、あの人は五千を倒して五十を手に入れるのさ。効率だとか能率だとかそういう次元じゃない。何をどうやったらあんな風になるのか……あれはもうバグだよ、同じ生き物としてカウントしない方がいい」
ダンは恐らくヴァンスは以前、何らかのチャンスをものにしてある程度の強さを獲得し、あとはただひたすらに戦い続けたのだろうと推測している。
たとえ強くなりにくかろうが、それは成長がゼロだということではない。彼の詳細な年齢をダンは知らなかったが、自分が彼の年になっても同じ所まで登り詰めることが出来るのか、彼は自分に自信が持てなかった。
「だけど逆説的に言えば、才能なんてなくてもSランク冒険者にはなれるんだよ。星の導きというやつさえあればね」
星光教の言い回しを耳にして、アミが露骨に顔をしかめた。その辺りの発言には配慮をする必要があるかもしれない。
「さて、それでは飛び火していた話を元に戻そう。君たちは今、凄まじいチャンスを前にしている。まずはそれを理解して貰いたい。恐らく世間一般でいう中流、あるいは下流家庭出身の君たちが、僕クラスの人間にマンツーマンでレッスンを請える機会は、今後二度とはないだろう。自惚れでもなんでもなく、僕レベルの人間を師範につけられるのは王国貴族の中でもかなり上の方、それこそ公爵クラスでもないと難しいだろうね」
ダンは体内から魔力をひり出し、風の魔法として皆に叩きつけられた。殺気を伴って放たれたそれが皆の髪をたなびかせ、六人全員が体を固くするのがわかる。
「ということはだ、君たちは今強くなるために一番大切な運という条件を満たしていることになる。中にはなんで僕なんかの言うことを聞かなくちゃならないのだと内心思っている人もいるだろう。僕のことを世間知らずで力だけあるとっつぁん坊やだと思っている者もいるだろう。だけど……」
どうせ鍛えるのなら、真剣にやらなければ意味がない。手を抜いてやっても、本当に得られるものなど怠惰をよしとする心くらいなものだ。
鍛えるということは、彼らをしっかりと信用するということだ。十分な力を与えてもいいと思えるくらいには、彼らに信を置くということだ。
一人で何事もやりきろうという自分は、捨てろ。
僕自身が覚悟を持って望まなくちゃ、きっとここから先へ進むことは出来ない。
ダンは自分に言い聞かせるように、ゆっくりと口を開いた。
「僕は君達に、世間の荒波を超えることが出来るだけの力を与えると約束しよう。何も手形がない状態ではある、だから君たちが僕を信頼するより先に、僕が君たちを信じる。この一週間を、僕に預けてくれ。後悔はさせないと、僕は僕自身に誓う」
彼の言葉に六人が一も二もなく頷いたことは、言うまでもない。
こうして彼らの一週間のブートキャンプが、始まった。




