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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
断章 本当に欲しかったもの
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世界の総量

「強くなるためには、いくつもの方法がある。剣や魔法を習うだとか、魔物を殺すだとかね」


 この場合の強さとは純粋な力量、戦闘能力としての話であって、そこには精神集中の早さだとか緊張をいい出来る能力といったものは考慮されていない。

 ダンは一週間で出来ることの少なさを知っていた。

 総合的な強さ、敗色濃厚な場面であっても死力を降り絞り相手を打ち負かす方法だとか、自分よりも強い相手に如何にして戦うだとか、そういった部分を習得するのには理屈ではない経験や鍛え抜かれた直感が必要不可欠だ。

 だからこそ選択肢は限られる、一週間でまともな実力を得ることができないのならば、やるべきことは一つしかない。


「だから僕がやるのは促成栽培、目標は一週間で全員が魔法が使えるようなること。それから全員が……そうだね、冒険者C級相当の実力を手に入れること。じゃあまず最初に聞くけれど、この中で魔法が使える者はいるかい?」


 当然のことではあるが、誰一人手を挙げる人間はいなかった。当然だ、もし魔法が使えるのだとしたら、あんな最下級の身売り市場に身をやつすことなどないはずなのだから。

 皆はダンが何を言っているのかわからず、首を傾げている。嫌われていないのならばそれでいいと、ダンは剣を取り出して地面に絵を描き始めた。


「知っているかどうかは知らないから一応説明するけれど、原理的にはこの世界の全生物が魔法を使用することが可能だ」

「わ、私達にも使えるんですか?」

「もちろん、使えると一口に言っても魔力量には差が出るけどね」


 ダンが地面に大きな横線を引いた。そして線の上に幾つか小さな丸を描いていき、質問をしたハツネの方を向く。


「魔力とはなんなのか、それは未だに解明されていない。だがわからないなりに、経験則で判明している部分もあるんだ。経験値というものがなんなのか、ティムは知ってるかい?」

「…………生き物を殺すと得られる、強さの源みたいなもの……です」

「うんそうだね。敬語苦手なら使わなくても構わないよ、多分僕の方が年下だし」


 驚いている皆を放置し、ダンが一つの丸をより大きな丸で囲んだ。そして隣にある丸をぐしぐしと塗り潰し、二重丸からそこへ矢印を引く。


「生物を殺した際に得られる肉体の合理化、再調整。それが経験値と呼ばれるものの役割だ。これがなんなのかも魔力と同様にわかってはいないけれど、今はそれはいい。必要なのは経験値を獲得さえ出来れば自分の肉体を最適化出来るという点だ。この肉体の再構成が肝だ、この最適化という言葉には、この大地に満ちている魔力への適合という意味合いを含んでいる」

「だから魔物を殺せば、魔力がいっぱいあるこの世界に体が適応して、結果魔力が増えるということですね」

「そう、アミは向こうで聞かされてたかもしれないね。退屈だったのならゴメンよ」

「いえ、あなた様の思考法は四隅を削り、角を取ってから取捨選択したリスゲルのようなもの。フィンドラーの空転が出来る以上、私に否やはありません」

「……その辺の常識の擦り合わせも、一週間で出来るといいね」


 ダンは次いで四つになった丸を、大地ごと大きな半円に包み込んだ。


「この世界のリソースは、限られている。この丸一つごとに一の力があったとすると、世界には合計で五の力があるということになる。今この二重丸は、丸を一つ潰したことで二つ分の力を持つことになった。凄く大雑把に言えば、これが純粋な意味での強さの根元部分に当たる」


 他の生き物を殺せばそれだけ肉体的な強さは増す、世界はそういう風に出来ている。ダンにとっては常識でしかなかったが、どうやらそれは彼女達にとっての非常識であったらしかった。


「でも鍛えれば強くなれます、一概にそうは言えないのではないでしょうか」

「もちろんそうだよイツネ、だけどそれを詳細に語るには、まず生物にはリソース獲得の能率に限界があるということへの説明をしなくちゃいけない。例えば十の強さを持つ魔物を殺したとして、殺した人間は十の力をそのまま手に入れられるわけではないんだ。どれだけ効率が良くても、恐らく七以上を体内に取り込める者はいないんじゃないかな。さて、とすると少し気になることが出てくるよね。リューン、わかるかい?」

「わかんない、です」

「そうか、じゃあヌル、答えてくれ」

「残りの三がどこに行くか、ってことですよね」

「良くできたね、引き算が出来るなんて偉い偉い」

「バカにしてます?」

「まさか、本心だよ。さて、本題に戻るけれど……余ったリソースはなんらかの形で大気に、地面に、そして海に溶け出していく。そして三の強さは世界に貯蔵され、使われる時を今か今かと待つようになるんだ。生きとし生けるもの達は修練によりその世界が溜め込んでいるリソースを体外から取り込むことで、強くなっていくんだ。それが生物を殺す以外で強くなる理由。修練は自分を通して世界に働きかける、一種のお祈りみたいなものなのさ」


 そして十の強さを持つ者を殺した時にどれだけ力を得ることが出来るか、修練を通してどれだけ力を取り込めるか、この二つが強さを得るための一番の近道だ。話を聞く彼女達の様子は一様に真剣で、ダンは昨夜とは違うその様子に少しばかり戸惑いすら覚えるほどだった。

 彼は気を取り直してから剣を器用に動かし、半円の上に世界全体の強さの総量は変わらないと書き再度顔を上げる。

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