名前
ポーションを飲むことにより、食べたものを吐き出した彼らの体調は回復した。
ダンはよくかめばマシになるらしいというヌルのアドバイスをそのまま彼女達に伝え、皆がそれに従った。
もしゃもしゃと肉を咀嚼する音だけが辺りに満ち、食事は以後はつつがなく進んだ。
食べすぎるのもよくないだろうと適度に食べさせたところで切り上げ、ダンが彼らをぐるりと見渡す。
食事を渡しポーションを使ったのを改めて間近で見たせいか、彼女達のダンに対する態度は以前ほど恐怖心の見えるものではなくなっていた。現金なものだと苦笑し、まぁ人間そんなものかもしれないと小さく喉を鳴らす。
「よし、それじゃあ君達の名前を教えてくれ。じゃあそこの吐いた二人から」
「……イツネ、です」
「ハツネです」
「そこの吐いた男、君は?」
「……ティル、です」
「そう、イツネ、ハツネ、ティルだね」
彼女達は皆、肋の少し浮いた痩せぎすの身体の上に貫頭衣を着た共通の格好をしている。
イツネは若干キツいまなじり、ハツネは少し垂れ目気味、ティルは男にもかかわらずずいぶんとくりくりっとした大きい瞳をしている。
痩せて骨と皮になってはいるのだが、二人の女子の胸部には確かな膨らみがあった。その格好を目に毒だと感じているからか、ティルの視線は色々な娘達を向いたかと思うとあらぬ方向へといってしまう。
ダンは自己紹介している彼女達の顔色が悪いことに気付き、そしてすぐにその原因に思い至る。
今はまだ夏場ではあるが、それでも夜は冷える。そんな襤褸切れ一枚で過ごすには、夜の冷たさは厳しすぎるだろう。
(僕が来たとき、皆の距離が随分と近いなと思っていたけれど……抱き合って夜をしのいだってことなのかもしれないな)
ダンの能力は全体的に劣化しているが、その強靭な肉体と耐性は未だ普通の人間のそれを遥かに凌駕していた。彼は暑さ、寒さというものは感じても我慢できるし、それで体調を崩したりするようなこともない。
だが彼女達はそうではない。下手をすれば風邪になり肺炎になり、命を落としてしまうかもしれない。気温の変化というものは、この世界で何にも勝る脅威になりかねないのだ。
ダンは収納箱を漁り、適当に寒さを凌げそうなものを取り出していった。
「革鎧……を直に着るとあまりよくないだろうから……荒い目の麻布……ズボンに……うん、人数分ならなんとかなりそうだ。はい皆、これを着るように」
ダンは一人一人に上下の衣服を手渡ししていった。その際ツンと鼻を衝く異臭を感じ、着ようとしている彼女達を止めて服を脱がす。恥ずかしがっている者もなすがままな者もいたが、皆に等しく平等に水洗いをした。
最低限臭いがとれたと判断したところで水が消えるのを待つ。ダンはその時間を使って残りの二人のな名前を教えてもらうことにした。
「君の名前は?」
「リューンです」
中で一番小さな女の子の名はリューン、三度ほど脳内で繰り返して名前を覚え、最後の一人に向き直る。
手の甲、足の甲、胸部に鱗の見えている魔物の女をジッと見つめる。以前ほど露骨な何かを感じることがなくなったことを、彼は少し面白く感じる。以前は魔物は即殺と決めていたはずなのに、今自分は彼女の逃走幇助をしようとしているのだから、人間変われば変わるものだ。
「君の名は?」
「アゥュミャーです」
「……随分と聞き取り辛いな、聞こえる部分でアミって呼ぶことにするよ」
ディスイヤは魔物の領域と直接面してこそいないが、街一つ隔てているだけなので、そこまで離れてはいない。
にしても亜人は貴重なはずだし、あんなボロい最低クラスの店で取引されるようには見えないが……。
ダンは基本的に魔物の領域の先遣隊の更に先で命令通りに暴れ回っていたために、現在の世界情勢についてそれほど詳しいわけではない。
「もしかしたら僕が知らないうちに……亜人や魔物達がどんどんと、人間に連行されているのかもしれないね」
散々殺してきた自分に言えることではないと、彼はそれ以上何かを言うことはしなかった。
魔物の領域に住む者達がどうなっているのか、気になるところではある。だが、気にしたところで自分一人ではどうしようもないのだから、考えるだけ無駄というものだ。
「……まぁ、考えるよりも先に、今は色々とやらなくちゃいけないからね」
「わ……私とは話さなくてもいいんですか?」
「うん、だってもう名前覚えてるし」
ダンはヌルを適当にあしらってから、皆を見回し、水が消えていることを確認した。
端に避けていた服を着させ暖を取らせてから皆に自分を見るように告げる。
自分なりに考えてみた鍛練のプランを説明すべく、ダンは口を開いた。