先行き
「……ふあぁ、もう朝か」
目を開けて日の光を網膜へと焼き付け、ダンは強引に意識を覚醒させる。
半目がちになりながら魔力を使いふわふわと体を浮かせ、高度を上げ自分が助けた奴隷達の姿を見下ろして確認する。
正直面倒ではあるが、一度約束してしまった手前急に意見を変えるというのもあまり好ましくはない。起きぬけの自失状態を首を左右に回し振り払ってから、彼は小さくなった人影を指さしで数える。
「ひいふうみい……どうやら、一人も抜けはないみたいだ」
急降下しながら軌道を変え、ヌル達が未だ眠っている近くへと降り立つ。勢いが強かったわけでもないのに、彼女達はビクッと体を震わせて目を覚ました。
以前の習慣から反射的に身を守ろうとしてしまうのだろう、ダンは少しだけ彼女達に同情を覚える。ぐっすりと眠りこむことも出来ないような毎日を送ってきたのだろう。
「おはよう、人間っていうのは不便だよね。眠らないといけないんだから」
「……何を当たり前のことを言っているんですか」
朝に強いのか既にしっかりと目を開いているヌルは、どうやら大分気がほぐれているようだった。ダンとしてもずっと萎縮されていると面白くはないので、彼女の存在は今後大切なものとなりそうに思える。
ダンは魔物を取り込ませた人間から普通の人間へと戻ったことで、多くのものを失っていた。彼の魔力量は以前の八割以下にまで減っており、魔力を通す魔力管の質が変わってしまったせいで魔法の威力に関しても以前と比べるといまいちだ。
以前あったどんな傷を負おうとも動き続けることが可能で、放っておけば勝手に傷が塞がり回復していくような異常な再生力は、既になくなってしまっている。
今は傷の治りが普通と比べると少しばかり早い丈夫な身体という程度なものであり、以前のように自分の損耗を度外視して敵に突っ込み、スペックだけで敵を倒すようなことも出来なくなってしまった。
戦闘においておおいに役立った魔剣は既にバルパへ渡してしまっているため、使っている武器は数合も打ち合えば壊れてしまうような数打ちの鋳造剣でしかない。今はまだ彼とまともに打ち合えるような人間がいないために問題らしい問題は起こっていないが、いつ剣が消え徒手で戦うようになるのかもわからない。
今の彼には色々と足りていない部分が多かった。だがダンの顔は以前と比べると明らかににこやかで、口角も少しだけ上がっている。
何もなく思い通りにいかないからこそ、人生というものは面白い。何もない状態からなにかを掴み取るからこそ、手に居れたものは輝くのだから。
ダンのテンションの上下は表には現れづらいために彼は常に無表情で冷徹だという風に思われがちだが、その形容は彼の本質の一部分しか表してはいなかった。
「彼らはなんて言ってるの?」
「やらせて欲しい、と」
「そう、じゃあ早速やろう……いや、その前に腹ごしらえだね。ご飯くらいは僕が出すよ、やっぱり体は資本だからね」
「ありがとうございます」
「人間はご飯を食べなくちゃいけないのが、不便だよね」
「だから、何を当たり前のことを言っているんですか……」
ダンは適当に収納箱から干し肉を取り出して皆に手渡しした。
基本的に言われなければ動こうとしていない彼女達に腰を下ろすように命令し、食べて構わないと言い聞かせてやった。
最初は手をつけずに怖がって者も、ヌルやダンが普通に食べているのを見ておっかなびっくりと肉を食べ始める。一度食べればその素材の良さに口の中に唾を溜め、あとは一心不乱に食事を貪り始める。
「パンとかはないけど、肉ならいくら食べても構わないから。腐るほどあるし」
ダンはディスイヤに来る最中、ついでとばかりに山に巣食っていたワイバーンを殺し、暇方で燻製して大量の肉を作っていた。収納箱の質自体はそこそこに高いために、中に入る量もそれ相応に多い。彼の腰の袋の中には、かなりの量の肉が入っていた。
ダンは食べながら適当に自己紹介でもさせようと思っていたのだが、一生懸命食べている彼女達を見るとそんな気でもなくなってしまう。
浮いた肋を見て好きに食べればいいさと考えながら、少しくらい彼女達のためにパンや野菜も摂らせた方が良いかもしれない。
これからの計画を練りながら肉を摘まんでいると、二人の女児と一人の少年が腹を抑え、地面にうずくまる。額に汗を掻いているその様子は、明らかに普通ではない。
「ねぇヌル、彼女達がああなってる理由、わかる?」
「……しばらく何も食べていなかった所に一気に肉を入れたから、お腹の中がびっくりしているんだと思います」
「……不便なものだね、普通逆だろうに」
腹が減っている状態なのだからどれだけ食料を入れても問題ないような状態に身体を作り変えるべきだろうに、どうして食べ物を拒否するようなことになってしまうのだろう。
自分の持つ肉塊が彼女達にとってまともな食料足りえないことを知り、嘆息するダン。
最初からこんな風で、果たして大丈夫なのだろうか。
彼は少しだけ不安を覚えながら、吐き出した肉をそれでも口へ入れようとしている彼女達を止め、手持ちのポーションを服用させた。




