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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第一章 狩る者と狩られる者
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ゴブリンの勇者

 ミーナは金貨一枚という大金をなんとか切り崩しながら日々の生活を送っていた。元々大した物欲があるわけでもないし、お金があっても使い道なんてほとんどない。美味しいものを食べたいと思って奮発して肉を食べたりもしたが、その肉は鎧の男に食べさせてもらったそれとは比べ物にならない程度のものでしかなかった。

 金貨一枚もあれば、数ヵ月は生きていくことが出来る。だから彼女は以前と変わらないグレードの生活を維持しながら隣町から冒険者達が戻ってくるのを待った。

 そして新しいパーティーメンバーを探そうとして幾度か戦闘に参加し、そして落胆した。魔法が使えると自慢げな男は自分よりも、もっと言えば一日で魔法を覚えてしまった鎧男よりも制御が下手くそだ。どんなものでも断ち切ると言っている男の剣は、ゴブリンを頭から股まで真っ二つにしたりはしない。

 彼女は自分の食事と戦闘の基準があの男のせいで大きく変わってしまったことに気付いた。

 そしてそんなことがあってたまるものかと今度は魔法を教える家庭教師をやり始め、鎧男とその生徒を比べる自分に気付きそれもすぐにやめた。

 何度か翡翠の迷宮に行ったが、男は既にいなくなっていた。事情はあるらしいがあれだけの実力があるのだから、今ごろはもっと深くに潜っているのだろう。

 ミーナはどこか無気力になりながら、自堕落な日々を送っていた。金がなくなり焦ってから動き出せば良いといつもの楽天さを遺憾なく発揮しながら。


「はぁ……美味しいもの食べたい」

 その日もミーナは宿の中でうだうだと寝転んでいた。生来のものぐさである彼女は、下手に小金持ちになったことで最早働くことすらやめてしまったプー太郎になっている。

 このままだとあと一ヶ月もすれば資金が底をついてしまうなぁと考えていると、階下がなんだか騒がしかった。ドタドタと足音が聞こえ、自分の部屋の前でそれが止まったかと思うと、ノックの一つも無くドアが開かれる。

 そこにいたのはヘンテコな格好をした男だった。青の鎧、気持ち悪い覆面、ボロっちい剣、緑色の盾。街中でする格好としては物騒に過ぎるその姿は、以前とは違う。しかし今のミーナには、それが一体誰なのかはっきりとわかっていた。

「久しぶりだな、ミーナ」

「おお、久しぶりっ‼」

 鎧男は口を開こうとする彼女を手で制した。

「俺は今、追われている」

「……そうかい」

 驚きはなかった。どこからどう見ても訳ありであることなど、助けてもらったその瞬間からわかっていたから。

「俺はここを出る。そしてどこか、また別のダンジョンへ行くだろう。人のいなくて、強い魔物のいるダンジョンを」

「そう……」

 本来なら会って再会を喜ぶべきだというのに、正直でない彼女の口は素直な気持ちを言葉にすることはない。長い間会いに来なかったことに事情があることはわかっていたが、それでも面白くないことは面白くないので自然言葉は尖ったものになる。

「で、なんでアタシに会いに来たんだ?」

「…………」

 少しだけ黙ってから男は続けた。

「お前は俺の、師匠だからだ」

「……っ!?」

 言葉が出なかった、なんと言うべきか判断がつかなかった。

 だが今、自分が笑っているだろうということはわかった。

「俺は人を四人殺した。これからも何人も殺すだろう」

 それだけ言って男はくるりと後ろを振り返り、再び走り出そうとする。

「ちょ、待てってば‼ もう少し話してたって…………」

「もう会うこともないだろう、それではな」

 走りだし、初速から人間の限界を越えた速度を叩きだした男の手を、それに倍する速度でミーナが掴んだ。

 彼女自身自覚してやったことではない、だが無意識のうちにからだが動いていたのだ。

 ここで正直に言わなければ、きっと男とは二度と会うことが出来ないだろう。本能でミーナはそれを察する。

 そして彼女は、そんなことはまっぴらごめんであった。

「行くな」

「……」

「行くなら私を連れてけっ‼」

「……」

 男は覆面を取った、そこにあるのは異形の相貌。歪み、ひきつり、生理的な嫌悪感を思わせる醜悪な緑色の顔。

 その顔は、ゴブリンのものそっくりだあった。いや違う、そっくりじゃなくてそのものなんだ。つまり、こいつは……

「俺はゴブリンだ。理由など、それで十分だろう」

 魔物は人間を襲う悪いやつ、そんなことは赤ん坊でも知っている世界の常識だった。

 だがミーナは、元から世界のことなんぞなんら信用してはいない。世界って言うのが素晴らしいなら、私にもっと素晴らしい食べ物をくれよ。これが彼女のいつもの口癖だった。

 だからこそミーナは偽りなき心でこう思ったのだ。なんにもしてくれない世界なんかよりも、何かをしてくれるゴブリンの方が良いと。

「うるさい、連れてけ」

「……」

「連れてきゃ良いんだよっ‼」

「……はぁ」

「な、ため息を吐くなっ‼」

 ゴブリン、バルパは女というものが人の言うことをきかない生き物だということをよく知っていた。だから彼が口にしたのは、それ以上の否定の言葉ではない。それはただ、ほんの一言。

「バルパだ」

「……え?」

「俺の名前は、バルパという」

「……そっか」

 ミーナはそれ以上何も言わず、鎧男……バルパの後を追った。

「わっぷ⁉」

「それをつけておけ」

 なんの意味があるかはわからないが、ミーナは手渡された覆面をつけた。

 そのまま男の、というかゴブリンの背中を見つめた。

 大きな背中だった。自分を守ってくれた彼が人を殺すにのには、何か理由があるだろうと思った。いや、でも魔物だからということかも……とまで考えて、自分が世間一般の常識に流されるような一面を持っていたことに苦笑する。

 わからない? それなら自分で見れば良いじゃないか。自分で見てから考えないと、合ってるも間違ってるもわかるわけがない。

 彼女はゴブリンの正しさなどという、世間一般からすれば失笑を買うような考えについて真面目に考えながら、こちらのために歩幅を調整してくれているバルパの後を早足でついていった。


 世界のことを何一つ知らないゴブリンと、ミルドの街のこと以外何一つ知らない少女は衛兵を倒しながら街を出ていった。

 自らを襲った冒険者の首を持ち運んでいたらしい猟奇的なゴブリンは、しかし少女と合流してからは一人も人を殺すことがなかったそうな。

 その二人は街を抜け、あてもなく旅を始めることを決めた。

 二人が三人になり、三人が四人になり……それが後に世界に平和をもたらすことになる勇者パーティーになることを……今はまだ、誰も知らない。

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