あの輝きを信じて
星々の近くから下を見下ろすことに感慨を抱けるようになったのは、闇夜がより一層深く、そして冷たくなっていってからのことだった。
まず始めに空の上に飛んでいるということに対する驚きがやってきた。そして星の明るさと、眼下の至るところから漏れ出している灯りを美しいと感じた。そして最後に、ここから落ちれば間違いなく死んでしまうだろうということへの恐怖が彼女達の胸を衝いた。
声を上げたり震えたりと各々に違う反応を見せているのをわかった上で、ダンはただ空を飛んで黙っているだけだった。
寒さを中和するために平行して火魔法を使うことに注力していただけだったのだが、ヌルから見るとそれは甚だ薄情にしか思えなかった。
彼が自分達のことを助けてくれた、それは間違いない。だが助けて、それからどうするつもりなのだろう。
ダンという男のことを、彼女は未だ測りかねていた。
(悪い人では……ない、と思うんだけど)
かといって素直にいい人とも思えない、ヌルの胸中は複雑だった。
情に篤いようで薄情な面があり、自分達を助けたかと思えば気まぐれのように敵を逃がしたりもする。
一体この人はどういう人なんだろう。恐怖よりも先に好奇心が彼女の身体を突き動かした。
それはきっと目の前の人間が自分の命の恩人だからであり、そして儚げなその背中に宿る確かな何かを感じ取ったからだ。
「……よし、そろそろ降りるから、各自衝撃に備えて」
ヌルはその言葉を聞き、足を少し曲げて着地の体勢を整えた。
「さて、ここもまだディスイアではあるけれど、ここまで来れば問題はないだろう」
草木の繁る森の中、腐食して倒壊している一本の大木の近くに彼らは降り立っていた。ダンの言葉は相も変わらず無愛想で感情が籠っていない。
「えっと、君、君、それから……君と君と君。ていうかそこの子以外の五人だね。君達はお金あげるから適当に家まで帰ってくれ。そこの蜥蜴っぽい子は向こうまで送ってあげるから、それ以降は自分でなんとかしてね」
それだけ言うとダンは自分の高い身体能力を遺憾なく発揮し各自の手に硬貨のたっぷり入った袋を持たせ、そのまま蜥蜴のような鱗を手の甲につけている少女を担ぎ、飛んでいこうとした。
皆が咄嗟のことに身体が動かなくなるなか、再びヌルがダンを止める。
「ちょっと待ってください‼ ここでお別れなんですかっ⁉」
「うん、だってもう助けたし」
あっけらかんというその表情からは、彼はそう本心で思っているのがはっきりと読み取れた。
「僕が全部面倒見なくちゃいけない理由なんてないだろう? 全員を故郷に送り届けるのは時間がかかり過ぎる」
「皆が皆一人で生きていける訳じゃないんです、あなたがここで別れたら、この中の誰かが死んでしまうのは間違いないでしょう」
「それこそ僕の関知するところじゃないね。極論を言えば僕に君達を助ける義理なんかない。ただ助けるのもアリだと思ってそうしただけなんだから、認知しろだの面倒見ろだの言われても従う気は全くないよ」
ヌルはどうして他人のためにわざわざ自分の恩人と口論をしているのか、自分でも不思議に思っていた。
要領良く生きられる自分は最悪身体を売れば実家まで帰れるというある種の自負のようなものがある。それに自分以外の五人がのたれ死のうが、彼女にとってそれほど問題はない。
「更に言うなら、僕が君達に安全な生活を保証してやるために骨を折るのは、機会費用の損失なんだよ。意味がわかるかい?」
「……」
「……わからなそうだから、具体的な数字で話をしよう。このまま別れた時、君達五人の生存率が六割としよう。そして別れずに面倒を一週間見たとき、生存率が十割に上がると仮定する。こうすると仮に僕が君達に同行した場合、一週間で二人の命が助けられる計算になるよね。だが僕の力があれば、一週間に君達のような奴隷や虐げられれている人達を千人は助けられる。つまり一週間君達の供をすることで、僕は助けられた命を九百九十八個ドブに捨てていることになる。仮に彼らの生存率をまた六割仮定しても、それでも六百の命を見捨てたことになるわけだ……わかってくれたかな?」
「……」
その酷く機械的な言葉を聞いて、ヌルは自分が失望を覚えたのがわかった。
そして失望を抱いたことにより、自分がどうしてここまでムキになっているのかが理解できた。
彼女は自分を助け、そして目の前で颯爽と皆を助け悪を挫く、そんなダンの姿に幻想を抱いていたのだ。そして自分の中の幻が壊れてしまうのが嫌で、意味もない反駁を繰り返した。
(……だけど、それだけじゃない)
だがヌルは確かに、ダンの中にある何かを感じたはずだ。だからこそ自分は彼に、
期待をかけたはずなのだから。
彼女は学がないなりに今の言葉をこなし、少し考えてから口を開いた。
ダンがただ感情を排し機械的処理に徹する男ではないという期待を、どこか心の奥底で持ちながら。
「あなたがその考えで千人を救えると言うのなら、私は自分の案なら千二百人の人間を救えると提言させてもらいます」
「……面白いことを言うね。君の意見が正しければ、僕も考えを改めよう」
ヌルは少しだけ心を弾ませながらちらと後ろを振り返ってから、ダンの視線を真っ向から受け止めた。
「私達を鍛えて下さい。他の誰かを助けられるくらい、強く」




