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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第四章 天使の羽を踏まないで
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空は青い

「人……」

「そうだ、お前はもう人だ。まぁ、元から人間らしい部分も結構あったとは思うが」


 バルパは聖剣と撃ち合い少し歪んでいる魔剣を握っては、上段からの振り下ろしを繰り返した。

 魔剣は、手に持つ時間が長くなればなるほどにバルパに妙な感覚を抱かせた。最初は違和感として感じられたそれが、時間経過と共に嫌悪感に変わり、そして生理的な拒絶へと変じていく。

 

(まるで自分の持ち主は貴様ではないと、そう突きつけられた気分だ)


 バルパは左手に魔剣を、右手に聖剣を持って両方をじっと見つめる。彼にとっては驚いたことに、本来の白銀の剣状態であるにもかかわらず、聖剣が少しだけ欠けてしまっていた。

 果たしてこの剣に、自己修復機能はあるのだろうか。

 バルパは考えを棚上げし聖剣を太陽に翳してから、魔剣を握っている左手を少年の方へ突き出した。

 そんな彼の行動を見て、既に立ち上がりよたよたと歩いていた彼は小さくかぶりを振った。


「いい、それは君が持っていてくれ」

「……俺が持っていても使えない、お前が持っておけばいいだろう」

「ううん、いいんだ。僕がその剣を持つにはまだ早い。資格を手に入れたと思えたら……また取りに来るよ」

「……まぁ、そういうことなら構わないが。ほれ」


 バルパが無限収納インベントリアに触れ、中から通話機能のある魔法の品を手渡した。

 彼の持つものはその全てが使い捨てであり今まではほとんど使ってはこなかったが、こいつになら渡してもいいだろうと、そう思ったのだ。

 そして魔法の品(マジックアイテム)を一つしまったのと引き換えに、魔剣を無限収納の中にしまう。自分を拒否していた黒剣は、一瞬にして袋の中へ入っていった。

 そんなわけもないのに、バルパは魔剣が彼に無言の抗議をしたような気がした。


「剣は……いらない、だから……」


 ボロボロに擦り切れた服から埃を落とした少年が、バルパをしっかりと見据える。

 その瞳の中には侮りも、嗜虐心も、軽蔑のもなかった。

 これから先の明るい未来を夢想する少年の、輝かしい未来だけがそこにあった。

 バルパは少年がどれだけの罪を重ねてきたのか、もっといえば彼がどんなことをしてきたのか、ほとんど何も知らないに等しい。

 ただバルパは今の彼を見て、こいつはもう二度と大事なところで間違えることはないだろうと……そう思えた。

 間違えることはあるだろうが、それは誰にだって通る道だ。

 大切なのは間違いを正すことが出来るかどうか。きっと少年はもう、自らの非や間違いを誰かにぶつけるような、そんな真似をすることはないだろう。機微に疎いバルパでも、それだけははっきりとわかった。 


「一つだけ欲しいものがあるんだ」

「聖剣なら、やらないぞ」

「いらないよ……いや、貰えるものなら貰うけど」

「やらないぞ」

「じゃあいいよ、僕の方が相応しい使い手になるまでは、預けておくから」

「だがそれ以外なら大抵の物ならやろう。武器か? それとも防具か?」

「ううん、僕は…………君に名前を、つけて欲しい」


 さもありなん、その言葉を聞いた時にバルパが抱いたのは納得であった。

 名前、名というものはどんな時であれ一番大切なものだ。

 名も無いゴブリンは一人の女によりバルパと名付けられ、そしてバルパになった。

 それならば自分もまた、少年を……名のある人間にしてやるべきだろう。


「ダン…………」

 

 少年は知らなかった、そして幸か不幸か、ここには二人に常識や良識を教えてやれる存在が一人もいなかった。


「ダン=ジョン……今日からお前は、ダン=ジョンだ」

「迷宮のように強かに、と……そういうことかい?」

「………………そうだ」


 バルパの壊滅的なネーミングセンスを、俗世に疎い少年、ダンは素直に受け入れた。

 バルパと出会ってそれほどの時間が経過していないダンに、自分に付けられた名が以前バルパが自分の命名に使おうとして、そしてルルに没を食らったものであることなど知るはずもない。

 彼はダン……ダン……と何度も繰り返した。まるで自分の血肉にするために行う咀嚼のように、誰かに貰った大切な贈り物を愛しく撫でるかのように、何度も何度も繰り返した。

 バルパは取り敢えず、何も言わずにダンの様子を見ていた。

 名前というものに慣れない感覚は、彼にも覚えがあった。人生の先達として、どこかバルパは誇らしげである。


「よし、じゃあ僕は行くよ」

「そうか」


 一緒に来るという可能性も考えてはいたが、ダンが行ってくれることにバルパは内心ホッとしていた。彼としては一緒に肩を並べられるような存在が居た方が色々と張り合いがあるのだが、彼の同行にミーナ達が難色をつけるのは間違いなかったためである。


「僕が殺した者達は生き返らない、それはわかっている。だけど今の僕には、自分がしてきたことが罪なのかどうかもわからないんだ」

「そうだな、誰でも最初はそんなものだ」


 取り敢えず人間を襲って自分の実力を試していた前科のあるバルパには、何も知らない彼のその様子にはひどく見覚えがあった。


「だから色々……見てみるよ」

「そうだな、それでいい」

「贖罪をするのか、刑期に服するのか、遺族を助けるのか、それとも何もしないのか……それはわからないけど」

「そうか」

「いつか、自分なりに整理がついたら……その時は……」


 ダンの視線を感じ顔を上げると、すぐに顔を逸らされた。 


「……どうした?」

「……なんでもない、それじゃあね」

「ああ、機会があればまた会おう」

「うん」


 すっかり傷が気にならなくなったらしい少年が空を飛び、バルパの方をチラチラとみやりながら空の彼方へと消えていった。


「……少し寄り道はしたが、これでようやく目的を果たせるな」


 ダンの消えていった空を見上げる。千々に分かたれた雲が太陽光を透かし、所々にむらっ気のある日差しを届けている。

 天使族が殺される心配はなくなった。レイを親元に送り返すことも出来たし、聖剣の力を使えるようになり、新たな技術も習得できた。それに……将来仲間になるかもしれない人間も一人増えた。

 あくまで結果論ではあるが、今回の旅路はバルパにとって非常に有益なものとなったと言える。

 あとはレイと別れを告げるだけだ。

 彼女達は自分がダンを逃がしたと言ったら、なんと言うだろうか。激昂するだろうか。


(……する、だろうな)


 バルパとしては自分の行動に自信を持っているが、それが他人に伝え辛い根拠に基づいていることもわかっている。

 この相手と通じ合うような感覚は実際に剣と剣を交えてやり合わないとわからないものであり、バルパ本人すら上手く理由付けをすることは出来ないでいる。


(まぁ……怒られるのはいいとして……)


 今この瞬間くらいは、勝利の余韻に浸っていてもいいだろう。

 バルパは勝利の味を噛みしめながら、空いた左拳を強く握った。

 そして広い青空を見上げながら、強くなった実感と誰かを守れたという事実に、小さく身体を震わせた。

 彼の歓喜に呼応でもしたのか、ダンの攻撃から逃れた鳥達が隊列をなして空を飛び、鈴の音のような澄んだ声を出しながら翼をはためかせていた……。

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