別れと出会い
見えたのは二人の人間が背中から火を出している姿と、それをどこか呆けたように見つめているルルの姿。彼女は口を半開きにしたままわなわなと震わせ、自分に影を落としたバルパの方を見上げた。
自分は今、明らかに普通の人間とは思えないような見た目をしている。鎧はあちこちが焦げていて、当然のように緑色の肌がさらけ出されている。
だからルルは、自分を魔物だと認識したはずだ。自分が隔意を抱いている魔物なのだと、わかったはずなのだ。
だが今ルルは、自分と同族であるはずの人間を背中から攻撃していた。ルルが攻撃したのでもなければ、彼女の前にいた二人が背中から攻撃を受けることなどあり得ない。
彼女は自分が何をしたのか、理解していない様子だった。何も考えず、ただ自分のことを守ろうと魔法を使ったのだろう。遅れて自分が何をしたのか理解したルルは、急いで二人に回復をかけていた。
この二人は間違いなく、以前逃がした人間からの情報を聞き付けてやってきたのだろう。話を聞いたにしては小人数だな……と考えてからその二人が見たことのある顔をしていることに気づく。
間違いない、まだ自分が前も後ろもわからなかった頃、魔撃を使えず体内の魔力をもて余していた頃にあった魔力感知と鋭い勘を持つ二人だ。おそらく偵察のような形で送り出されてきたのであろうことは想像がついた、おそらく二人が帰らなければ今度はより多くの、より強力な人間が送られてくるだろう。
今は意識を失っているが、彼女達は起きれば必ず自分のことを、そしてルルのことを報告するに決まっている。価値のある魔法の品を大量に持っている魔物とそれに付き従っているように見える失踪中の女。この一人と一体を見てどんな想像をされるか、彼にはわからなかった。
自分に迷惑がかかるのは構わないと思っていた、人間にいずれ自分の存在がバレるのはわかっていたし、逃げるための心構えだけは常にしていたのだから。
だが今はこの二人を逃がしてからでは今までとは話が違ってくる。ルルが自分の仲間だと思われれば彼女は殺されてしまう。こんな自分のために魔法を使ってしまったせいで死んでしまうのだ。自分の先生であり、色々なことを教えてもらったルルに迷惑をかけることはしたくなかった。
バルパは彼女の方へ歩いていく。彼女は気付けば泣いていた。おそらく自分が何をしたのか、何をしてしまったのか理解し、良心の呵責に耐えきれなくなってしまったのだろう。
彼女を泣かせてしまったのは自分なのだ、そう考えると少しだけ彼の気持ちは暗くなった。
「すまない」
彼女の無防備な首筋に手刀を放つ、まさか攻撃をされるとは思っていなかったのか、ルルは目を見開いた。そしてバルパが何をしようとしているのかもわかった上で何かを伝えようとするかのように口を開く。
「……ぅぁ、バル、パ、さん……」
しかし言葉は続かず、彼女は意識を失い倒れこんだ。そのままそっと体を倒し横たわらせる。そしてすぐ目の前で伸びている二人の方に向き直った。
名前は忘れてしまった、自分の存在を察知し、その危険性を知った上で尚も偵察にやってきた二人の方をじっと見やる。
お前達に恨みはない。だが俺は、お前たちよりもルルが大切だ。
心の中で謝ることはせずに二人の首を刈り取り、袋へと入れる。
次にルルの身に纏う衣服を全て剥ぎ取った。そして死んだ女の首なし死体からも同様に服を取り、その服をルルへと着せた。
くるりと踵を返し、死んだドラゴンへと歩いていく。
良い戦いだった。人間を真似ようと必死になった自分らしい、実に汚い戦い方だった。
バルパは合掌をしながらドラゴンの死体を袋に入れようとして、その前に魔力感知を使用した。そして短剣を脇腹から抜き取り、ボロ剣を目から抜き取ってから竜の死骸を袋に入れた。
魔力感知の反応があったために奥まで向かうと、粗雑な藁のようなものの上にいくつもの魔法の品があった。その中には幾つか魔法の品ではないものも入っていたが、一々分けるのも面倒だったためにそれらをあまり深く観察することもしないで適当に袋に詰めこんでしまう。ゴブリンは一人の人間と、二つの死骸がある階段へと向かっていった。
強さを求め迷宮を下るのではなく、誰かのために迷宮を上るために。
転移水晶はバルパでも問題なく使用することが出来た。言葉を発するごとに一階しか上がることが出来ないのは面倒ではあったが、わざわざ魔物を蹴散らしていくよりよほど簡単なことである。
ゴブリンは生まれて初めて、松明以外の明かりを見た。
ダンジョンが途切れ人間の住む場所へと続く場所には、ダンジョンの中とは比べ物にならないほどの明るさがあった。
バルパは道中適当な鉄の重鎧に着替えていたため、今の彼はガシャガシャと音を立てながら道を進んでいる。
ダンジョンと人間の住む場所の境界を守っているらしい二人の人間に、後ろから火の魔撃を叩き込む。音もなく二人は黒こげになった。
残虐で、人間にとって良くないものであればあるだけ良いだろう。
ゴブリンは生き絶えたまま直立している燃えた二つの死体の横に二つの生首を置いてからダンジョンを抜けた。
ガシャガシャと音を立てながら魔力感知を発動させる。
ドラゴンを倒したからか、以前よりもはるかに広範囲に発動させることが出来たそれは彼の見知ったとある反応を捉えた。
彼はあたりに人が居ないことを確認してから再び着替えた、重鎧を以前よりは格の落ちる青い鱗鎧を身に纏う。覆面を着用してからただの布切れの手袋をつければ、自分がゴブリンだとはわからないだろう。
兼ねてから考えていた計画の通り、ゴブリンは身体強化を使用しながら走り出した。