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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第一巻2/25発売!!)
第一章 狩る者と狩られる者
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邂逅

 人間がやって来ると理解したのは装備を整えてすぐのことだった。段差を下ってやって来た二人組が名も無きゴブリンの視界に映る。男一人、女一人という構成の彼らの格好は今まで見てきた人間のそれとあまり変わりはしなかった。

 二人が共通して着ているのは革の鎧。男は手に剣を、女は手に杖を持っている。男は茶色い髪を短く切り揃えた青年であり、女の方は長い赤銅色の髪をたなびかせている。

 ゴブリンは二人を見て考えた。あの男は弱く、そして女は強い。自分よりは弱いが、油断が出来るほどの差はないだろう。そう推測してから彼は不思議に思った、自分が力を得る前ならば男の方が強いと考えていただろうにどうして今は女の方を危険視しているのだろうかと。

 二人と彼の距離は二十数歩ほどである。以前の視力でなら肉眼で見えはするが正確に人相を見ることは難しいというくらいの距離だ。もっとも今は視力も上がっているようではっきりと見ることが出来てはいるが、人間の視力がさほど良くないことを知っている。

 彼は岩の陰からそっと顔を出し二人の戦い方を目に焼き付けようと前に乗り出した。

「……レナ、感じるか?」

「ええ、隠形も出来ないみたいだけど……かなり強い。逃げた方が良いかも」

「おいおいマジかよ、殺気は全然強くないぜ?」

「殺気なんて曖昧なもんよりも魔力量の方がよっぽど信用できるわよ。少なくとも私よりは魔力のあるやつがあそこで息を潜めてる」

「戦うか?」

「出来れば戻りたいけど……魔法使いに背中を見せたくはないのよね」

「Cランク期待の星であるレナ様にしては嫌に消極的だな」

「茶化さないの……って緊張ほぐしてくれてるの? ありがと」

 名も無きゴブリンは二人の会話を辛うじてではあるが聞き取ることが出来た、そして何を言っているのかを理解することも出来た。恐らく首飾りの効果なんだろうと考えはしたが、今彼はそれどころではなかった。

 その会話の内容から考えると二人は自分の存在に気付いている、見えてもいないはずなのにどうして……と考えて気付いた。

 自分は強い相手を感じとることが出来る。それはつまり向こうについても同じことが言えるのではないだろうか。向こうもこちらの強さを感じとることが出来るのかもしれない、いやそうに違いない。

 彼は脇目も降らずに後ろを振り返り、駆けた。自分の脚力が想定していたよりも遥かに強く思わず転びかけたが、なんとか体勢を直しながら洞窟の中を走る。この洞窟は自分の庭だ、広さも罠のある場所も、ほとんど全てを熟知している。撒くのはそこまで難しくないはずだ。

 後ろを振り返る間も惜しみ駆けると、目で見ていないにもかかわらず女性の位置を理解することが出来た。どうやら以前よりも遥かに聴覚が強化されているようで、二人との間の距離はどんどん離れていくにもかかわらずその声は鮮明に聞き取ることが出来ている。

「……行ったか?」

「……去ってくれたみたいね」

「どうする、探索続けるか?」

「バカ言わないで、あんなのと戦って命落としたくないもの。帰るわよ」

「上への報告は?」

「しなくて良いんじゃないかしら。逃げたってことは魔物じゃないでしょうし、たぶん私かアンタへの私怨か何かでしょ?」

「俺はそれでも一応連絡を入れとくべきだと思うがな」

「あら、戦闘狂のアンタにしては珍しいわね」

「首筋がチリチリする、嫌な感じだ」

 遠くへ、もっと遠くへ。名も無きゴブリンは洞窟を駆けていく。自らの強さがあの女よりも高いことは理解できていた。しかし自分があの二人に勝つビジョンは未だ見えていないのもまた事実。それに強さというものは色々な種類があるということを彼は知った。二人の装備には強さを感じはしなかった、しかしもしかしたら見落としをしている可能性だってある。

「こういう時は大抵碌なことにならない。俺の勘はよく当たるからな」

「それなら尚更よ、早く帰って調査依頼でも出してもらいましょ。考えるのは結果を見てからの方が良いわ」

「……そうだな、それが正しい……はずだ」

 自分は未だ物を知らない、だからこそ観察をしようとしたのだ。その目論見は失敗に終わりはしたが、自分の知らない力をあの二人が持っていることを理解できたという意味で収穫はゼロではない。強さ、そしてそれとは別の未知の力。自分には知らないことがたくさんある。

 だが悲観はしていなかった、昔とは違うのだ。今の自分は学び、覚えることが出来る。今知らないのなら知っていけば良い、それだけのことだ。知識を蓄え、人間のように強くなるのだ。そのためには見ることだ、そして知ることだ。焦る必要はない。

「何よ、歯切れ悪いわね」

「いや……ただ本当にそれで良いのかなと思ってな」

「じゃああのデカい魔力の持ち主と戦うの? 私はゴメンよそんなの」

「そうか……そうだよな、少し動揺してたみたいだ。ギルドに戻って依頼を出すことにしよう」

 二人が階段を上りその場所を去るその瞬間まで、名も無きゴブリンが逃走を続けた。目の前に立ちはだかるゴブリンと戦うことすら避けながら、自分が彼らから逃げることに成功したことに安堵を覚える。そして同時に自分が今のままではいけないということも痛いほどにわかった。とりあえずは見れば良いと思っていたが、見ようとして察知されるとなるとそれも難しい。昔から感じ取っていた強さ、そして今感じ取れている強さ、そして未だ自分が理解できていない強さ、そして力。彼は認めた、自分が未だ世界に生まれ落ちたばかりの馬鹿であることを。故に彼は求めた。自分の安全を確保する方法を、得体のしれない強さと力の全貌を。

(情報が必要だ……ありとあらゆる)

 人間から情報を得ることは彼にとって急務であるように思えた。彼には人間の言葉を翻訳してくれる首飾りがある。断片的なものでも構わない。今は貪欲に知識を吸収することが肝要だ。

 名も無きゴブリンはどうすれば人間にバレることなく済むだろうと考えながら、自分めがけて攻撃を仕掛けてくるゴブリンに鉄の槍を突きこんだ。

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