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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第四章 天使の羽を踏まないで
299/388

名はない、あるのはただ…… 1

 その少年には、名前がなかった。生まれた瞬間には自分がどういった存在なのか、自分がなんのために生きているのか、彼は何一つ知らなかった。

 その生まれ方は、ダンジョンから涌き出てくる魔物に似ていた。

 だけど彼は決して認めなかった。自分が何者であるか、その正確な所を見つめることを、彼は決してよしとしなかった。

 


「よし、r11061の生成に成功した。それではこれより機動実験の第一フェーズに移行する」


 彼がこの世に生を受けその産声を上げた瞬間、その隣にいたのはお腹を痛めて産んだ母でも、妻の奮闘をただただ祈ることしか出来なかった夫でもなかった。

 そこにいたのは白衣に身を包んでいる三人の男。彼は今目の前にいる男達こそが自分の生みの親であることを、一瞬にして悟った。その瞬間、彼の脳内に濁流のように流れ出してくる情報の波。

 自分の存在、人造人間。自分が生み出された意味、新たなる勇者の創成、量産可能な生体兵器のノウハウの蓄積、土壌の醸成。

 魔法の使い方、魔物の倒し方、フェイントの入れ方、剣の振り方、身の守り方。あらゆる戦い方が流れてきたかと思うと次にやって来たのは一般常識の数々だ。

 ザガ王国の地形、魔物の領域の未踏破地域の数々、そして主要な人物の生い立ちや倒さねばいけない人間、魔物達の顔が浮かんでは消えていき、自分の脳の中に記憶として定着していく。

 自分で知ったわけでもない知識を脳に直接焼き印されたような、そんな不快さを感じながら実験体でしかなかった少年は情報を得た。

 彼の様子を見て実験は成功だと言っている男の名も確かに記憶にはあった。だがそんなことはどうでも良い。

 この男を殺してしまおうか、そんな風に考えてからすぐに考えを改める。

 自分には人工的に定義付けされた寿命がある。投薬をしなければ数日のうちに死に絶えてしまうだけの自壊作用が、この身体には埋め込まれている。

 それがわかっているために、彼は反抗的になることはなかった。

 ただただ従順に、従い続けた。





 彼に課せられた鎖は、行動から思考、挙げ句に趣味嗜好に至るまで広範囲に彼を縛った。 

 脳内にインプットされた自分のものですらない戦闘方法により魔物を突き殺し、哀れにも対戦相手に選ばれた人間を圧殺し、そして自分の同胞を焼き殺した。

 勝利すればするほど、強い敵を供出された。そしてそれを倒し、また更に強い敵と戦わされる。

 何度も何度も戦っては死にかけ、それを自らの持つ回復力で強引に治す。それだけの日々だった、彼は眠る時間とたまさか与えられるこの勇者実験の責任者、ホルンハイトとの会話の時間を除けば、常に戦い漬けの毎日を送っていた。

 自分の生まれた意味を考えるのは、数日もすれば止めてしまった。

 自らの生に意味などない。自分はただ、生体実験のモルモットにされるために生まれてきた。結局のところそれが全てなのだ。

 そんな名も無き少年に許された唯一の娯楽、それはホルンハイトとの会話だった。

 彼はそれほど口が上手かった訳でもなければ、語り部として優秀だった訳でもない。

 だがその口から語られるとある話だけは、少年の心を強く揺さぶった。

 勇者の歴史、成し遂げた偉業、その人となり。

 少年は紡ぎ出された言葉の一言一句に耳を傾け、反芻し、自らの拠り所とした。


 自分が新たな勇者になるべく生み出された、そんな事実の側面の端を素直に信じ込めるだけの純真さは、彼にはなかった。

 自分もまた、今まで何体何十体と殺してきた同胞と同様、いずれどこかで誰かに殺される。殺されるその瞬間までデータを取られること、それこそが自分の生きる理由。

 そんなことは、嫌だった。仮りにそれが事実なのだとしたら、自分という生き物は無価値に過ぎる。

 だから彼は星光教が教えるその上っ面の、新たな勇者という言葉を心の底から信じることにした。自分が生まれたのは、勇者になるためなのだ。

 彼はそう信じ、そして勇者というものに憧れた。

 ホルンハイトから断片的に聞く話から、勝ち続け自由時間が増えるようになってから読めるようになった本の数々から、彼は勇者達の歴史を、生きざまを知った。

 誰もが自分の望むように生きられた訳じゃない。いやそれどころか、自分の好きなように生きることの出来ていた勇者なんてただの一人もいなかった。

 その境遇は奇遇にも、彼のそれとよく似ていた。

 僕のこの苦難は、今もなお続いている受難は、いずれ来るべき栄光のための苦痛なんだ。そう考えればどれ程辛い実験にも、人殺しにも慣れた。

 度重なる殺人、殺傷の繰り返しにより精神は磨耗していく。 

 だがそんな中にあっても彼は決して、自らの思いを変えようとはしなかった。

 僕は勇者になる。そのための苦難、そしてそのための今までの人生だ。

 罪もない生き物を殺しても、そう言い聞かせれば罪悪感は減じた。

 名も無き少年は、誰にでもある名前の一つも持たぬまま、ただただ殺し続けた。

 誰よりも、世界中の何よりも、勇者になりたいと、彼はそう願っていたのだ。

 その先を、何を為すのかということも考えずに、ただ彼は勇者になりたいとそう願って戦い続けた。

 それがどれほど空しいことなのか……知ることもないままに。

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