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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第四章 天使の羽を踏まないで
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あれは勇者か、それとも魔王か

「あれを見てどう思いますか、皆さん」

「あれは……人智を超えたものだ、この世にあってはならぬものだ」

「あのゴブリンは、魔王だろう」

「だがそれならばあの少年の禍々しさは如何とする?」


 ミリアの声を聞き、先ほどまで呆けていた大人達が口々に議論を交わし合い始める。

 ある者はあのゴブリンこそがこの世の諸悪の根源たる災禍であると言った。

 またある者は彼こそが我等を導いてくれる新たな魔王であると口にした。

 そしてまたある者は彼が使っている武器には見覚えがあると言い、相対している人間の武器をかつて魔王が使用しているのを見たことがあると叫んだ。

 

「魔王にしては……あの魔力は、眩しすぎる」


 装備が壊れ露になった兜からは、その醜悪な外見が見えていた。

 それはゴブリン、全魔物の中で最弱と呼ばれる緑の小鬼である。

 魔物には知性のある種とない種が混在している。そしてその分類では、ゴブリンとは知性のない種にあたる。 

 彼らはどれほど強敵を倒しその経験を糧としても、決して自我というものを獲得しない。老獪な竜のように知性の上がる魔物がいたとしても、精々が罠を張り、ある程度の戦い方を身に付ける程度。それは誰にとっても当たり前である、当然の事実であった。

 だが今目の前、画面の中で一進一退の戦いを繰り広げているゴブリンのその瞳には、明らかな知性の色がある。

 彼は全身に武器を身に纏い、幾つもの理由のためにその身を戦いに投じている。そしてその原因のうちの一つは、自分達の存在でもあるのだ。そんなゴブリンに知性がないとは、流石に言い切ることは出来ない。

 それならばどうしてあのゴブリンだけが、自我を獲得したのか。その原因はすぐに思い付くことが出来た。

 彼は、あのゴブリンはユニークモンスターなのだ。

 ユニークモンスター、それはこの世の理から外れた魔物の総称である。

 本来ならば愚劣なままであるはずの種であるにもかかわらず高度な知能を有したり、人間や多種の魔物と生活を行えるそんな特異な個体が、どんな魔物の中にも数十年、数百年に一度は存在する。

 だが天使族の中でも知識に秀でた彼らであっても、ゴブリンのユニークモンスターというものなど終ぞ聞いたことはなかった。

 ユニークモンスターというものは生まれてからしばらくの間生き延びることがなければ普通の魔物となんら変わらない。そのため元が弱い種の特殊個体は淘汰されやすく、生き延びることは非常に難しい。

 だが彼らは今、自分達を守るために戦うゴブリンの姿を見ていた。

 見た目は悪い。生理的な嫌悪感を催すような醜悪な見た目は、今まで何度も倒してきたゴブリンとなんら変わらない。気持ち体格が良かろうが、着ている物が上等であろうが、それは変わらない。

 だが今彼は、その身に確かな何かを宿している。集落の周囲に時折表れる霧を濃縮して煮詰めたようなその白色の何かは、目に見えるだけの濃密な魔力である。

 その見た目は醜悪に過ぎる。その戦いようを見れば、彼を魔王と呼ぶ人間がいるのも十分に頷けることだ。

 だがその在り方は、戦いの最中かいま見える強さには、確かな芯がある。

 身体中から立ち込める魔力はどこか神聖で、優しさに満ちている。

 その手に握られるどこまでも冒しがたい雰囲気を出す白刃と相まって、そのゴブリンを仰ぎみたくなるような気持ちになってくる。

 使っている物は勇者の使う聖剣なのだ。事前に聞いていた者もそうでない者も、同様にそれを確信する。

 では彼が勇者なのか。だれかがそんな風に尋ねた。そしてその質問に答えるものもまた、いなかった。

 神聖で、尊く、誰かを護ろうとするその精神性には確かに見るべきものも多い。

 だが……


「がああああああああああああっ‼」


 雄叫びを上げ、獣の声を発しながら切り結ぶその様子は、勇者と呼ぶにはあまりにも野蛮に過ぎる。

 だが魔王と呼ぶには、その気高さが、見て取れる彼の歩んできた道の険しさが、ゴブリンの持つ清貧さと真っ直ぐさが邪魔をする。

 あるものは彼を魔王と呼んだ。そしてまたあるものは彼を勇者と呼んだ。


「魔物の勇者……」


 小さく呟いたのは、誰の声だっただろうか。


「ゴブリンの勇者……」


 そう付け足したのが誰だったのか、それはわからない。

 勇者と言うには暴力的で、魔王と言えるほどに残虐ではない。

 魔物の勇者、ゴブリンの勇者。バルパを見る彼らの視線には恐れと敬意とが絶妙に混じり合っており、彼を素直に認めることは出来ずにいた。

 喧々諤々と続く議論の中、そんなものとは無縁とばかりに戦いに見入る集団があった。

 言葉もなく、息を飲むこともなく、ただただ固唾を飲んで見守るミーナ達。

 勝利を疑わないことと、応援をしないこととは全くの別物だ。

 彼女達は各々の思いを胸に秘めながら、戦いに見入っている。

 恋慕、敬慕、同情等、その目に映る炎の色は実に様々だ。

 ただ一つ共通しているのは、皆が皆、バルパの勝利を心から願っているというただその一事のみである。


「バルパ……」


 泣きそうになりながらミーナが一匹のゴブリンの戦いを見届けている。 

 口では平気だなどと言っていても、こうして戦っているさまを目にすればまた違う。

 皆が皆、バルパの勝利を願っている。

 その思いに応えてか、バルパが戦局を好転させるべく一気呵成に畳み掛けた。

 戦いの決着がつくことは、そう遠い話ではない。

 誰もがそう、予感していた。

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