閃いて
バルパの全身が白銀のオーラに包まれる。彼は自らが光に覆われるのと同時、自分の心の奥底から多幸感が湧き出るのを確かに感じていた。
力強さ、勝利への渇望、そして自らを突き動かす魔物としての衝動。全てが彼の腕を動かし、足の筋肉を躍動させ、彼を自在に駆けさせる。
聖剣の力は未だ増し続けている。とめどなく溢れる力をバルパは少年へと叩きつけた。
「はあっ‼」
「さっきまでとは話が違う」
バルパの体重の乗せられた一撃を、少年は今度は表情一つ変えずにしっかりと受け止める。刃と刃がぶつかり合い、擦れ合い、耳障りなメロディを奏でた。
現状両者共に中空にいる状態だ。バルパはスレイブニルの靴で、少年は魔力を噴出による空中浮遊で空にその身を浮かべている。
足場を持つ分込められる力はバルパの方が高いはずだが、彼の一撃を受けてもなお少年の体勢は崩れない。
彼の持つ黒の魔剣、その力の本質は減衰である。
相手の一撃の威力を減らし、相手の魔力を減らし、そして相手よりも自らの持ち主を相対的に上に押し上げる。そんな底意地の悪い剣はその能力を遺憾なく発揮させ、バルパのあらゆる能力を削ぎ落としにかかっていた。
少年の体がぶれたかと思うと次の瞬間にはその場から消えていた。
そしてバルパを左右から襲う二つの影となってその場に現れる。
(光魔法による幻覚……いや違うっ‼)
バルパは大きく身体を仰け反らせ、右からの一撃を避けた。そして左からの一撃を体勢を崩した状態で受ける。
先ほどは体重を乗せていた状態で互角だった、それならば現状どうなるか、その結果を想像することは容易い。
バルパは後方に吹っ飛び、今度は少年が彼を追撃する態勢に入る。
(なんらかの魔法の品かとも思ったが違う。恐らくは純粋な体術、もしくは歩法。魔力感知を戦闘に利用していることを見透かされたか‼)
恐らく彼は魔剣の能力を利用し、自分の視覚等の各種感覚になんらかの仕掛けを施している。先ほどまでと変わらぬスピードで高速移動を行い二人に分身した芸当の仕組みは、そうでもなければ説明がつかない。
少年が再び二人に分かれ攻撃を繰り出す、右側からは突き、左側からは唐竹割りが飛んでくる。
バルパはどうするべきか悩み……両者の一撃を同時に受けることにした。すると右の突きは消え、左側の振り下ろしが彼の鎧を裂き、肉へと到達する。その感触を頼りに思いきり聖剣を振り抜いてカウンターを放つ。
まさか逃げないとは思っていなかったのか、バルパの一撃は少年の頬の肉を根こそぎ削いだ。少年が一度後退するのを見計らいバルパは高速で急速離脱、近くにあった木の幹を蹴り再び宙へと浮く。
纏足瞬雷を発動させ即座に移動、少年が受け身をとる体勢を整える前に思いきりローキックを土手っ腹に打ち込む。遅れぎみにカウンターを放とうとする彼の魔剣の切っ先がこちらに向いた瞬間、バルパは自らの動きが明らかに遅くなるのを感じ取った。瞬間聖剣の輝きが強くなり、彼に正常な時間の感覚が帰ってくる。
バルパは自らの足を斬りつけられるのを厭わず、少年の膝に聖剣を突き入れ、軟骨をズタズタに引き裂いた。
少年と違い体勢を整っていなかった彼は再び距離を取り、無限収納から取り出したポーションを口に入れる。前回とは違い、今の彼には相手の攻撃タイミングを見計らいポーションを摂取することが可能になっていた。
剣の性能がほぼ互角である以上、速度では未だ彼に分があり、膂力はほぼ互角。継戦能力は向こうの方が高く、瞬発的な能力ならばバルパの方に分配が上がった。
だが今のバルパには余裕があり、回復をする手間をかけられるだけの時間的な猶予もある。
地面に着地したバルパの頭上に影が注いだ。魔力感知を使っていたために速度に関して予測は立てられるが、先ほどから時折魔剣の力によるタイミングのズラシが起こっているため、目視は必須だ。顔を上げるとそこには、目を血走らせながら気炎を吐いている少年の姿が映る。抉られた頬の肉は蛇行する顔面の肉による補填が澄んでおり、生まれたての赤子のようなピンク色の卵肌が覗いていた。
バルパは聖剣により増幅された魔力で纏掌空紅を発動、頭上から降り注ぐ剣の連撃を腹を見せた聖剣により捌いていく。
「よこせよ…………その剣をっ‼」
「悪いが俺にも……譲れぬものがあるのでなっ」
逸らし、受け流し、受けられるべき所は素直に受けて代わりに蹴撃を入れる。体長的にリーチではバルパの方が勝っているために、一撃を貰う覚悟で近付けば攻撃を当てることは十分に可能だった。
どちらにも限界はある。
だがその限界がどこにあるのか、それは恐らく当人達にもわかってはいない。
バルパは度重なるポーションの使用により、明らかに体内に熱がこもり始めていた。纏武と聖剣の力によりパフォーマンスを保ててはいるが、ちらほらと精細の欠けた攻撃が出てきはじめている。
少年の全身に出来た傷の治りは、最初と比べると随分遅くなっている。
疲れが目立つような様子は見受けられないが、彼の滞空時間は徐々に短くなっていた。
魔剣の力により埋めた差を聖剣が再び開きバルパが一撃を入れる。その差を魔剣が縮め、少年が斬撃を食らわせる。
立ち合いは基本その繰り返しであり、彼らの全身から立ち上る魔力とその目まぐるしい攻防の入れ替わりを除けば、さほど際立ったような点はない。
どこまでもシンプルでリアルなはずなのに、その応酬はどこか現実離れしていた。
その身体を白銀の靄に包むゴブリンは既に壊れた兜からその顔を晒していた。黄ばんだ歯、整っていない歯列、見るものの背筋を冷たくするような醜い相貌。だがその攻撃はその矮小そうな下卑た顔には見合わず、どこまでも力強く、その全身から噴き出す魔力はどこまでも神々しく、冒しがたい雰囲気を発している。
目も覆わんばかりの光を宿す剣を振るいながら刀傷から血を吹き出させるその姿は泥臭く、そしてどこか人間らしい。
対し全身を漆黒のオーラに包んでいる少年の顔は、非常に端正だ。両者のことを知らぬ者達が容姿を見比べたのならば、百人が百人彼の方が正しいと答えるのは疑いようがない。
今その顔は醜く歪んでおり、その闇黒の魔力と相まってその相貌はどこか禍々しい。
彼は憎々しげに刃を振るう。振るう度自らの身体を傷つけるが、創傷はウネウネと動いたかと思うと徐々に塞がり始め、数合打ち合っているうちに完全に塞がってしまう。
その姿はおどろおどろしく、どこまでも人間離れしてみえた。
「があああああっ‼」
「はあああああっ‼」
白の剣と黒の剣がその身を削り合いながら、ギャリギャリと音を立てて擦れ合う。
勇者を殺したゴブリンと誰よりも何よりも勇者になりたかった少年の戦いは、激化の一途を辿っていく。




