死ぬほど焦がれて
「ぐふっ……」
一撃をもろに食らい少年が後ろへ飛んでいく。
「逃がさん」
バルパは前傾姿勢を取り、彼が吹っ飛ぶよりも早く少年へと距離を詰めていく。
「ちぃっ‼」
少年が剣を掲げ強引に体勢を整え、空中でその動きを止める。それと同時バルパは彼のすぐ横へ移動し、振り下ろしの態勢に入っていた。
少年は以前の戦闘勘を頼りに聖剣の斬撃を受け止めようとするが、すんでのところで思いとどまり相手の刃先を逸らせるような軌道へと変え打ち合うとう選択を取らなかった。
バルパの一撃は彼の剣により多少減速こそしたものの、ほとんど変わらぬ早さで少年の脚部を切り裂いた。
「身体能力が以前より……上がっているっ‼」
「その通りだ」
次いで振り上げ、からの袈裟懸け。姿勢を空歩で制動しそのまま太刀筋を変更、体を半回転させて袈裟斬りを逆袈裟へと変える。
少年は舌打ちを隠そうともせずその連撃に対応した。
彼は剣を打ち合わせることは極力避け、剣筋を逸らし立体軌道で斬撃を避けることに注力する。だが魔剣の力を使用していない現在、速度においてはやや少年が劣っている。自然手数ではバルパが優勢になり、少年の全身に創傷が増えていく。
火力ならこちらに分があると判断した上で力をセーブしていたことを、少年は後悔するがもう遅い。
とうとうバルパの聖剣が魔剣を捉え両者が音を立てて打ち合った。そして体勢を崩すのはバルパ、ではなく少年の方だ。明らかに衝撃を殺しきれずに後方に重心を移動している彼の剣速には鈍りが生じ始めている。恐らく強打を食らい続けたことにより衝撃が内側に浸透しているのだろう、バルパはそう考えながら自らの修練の結果が目に見えることによりその精神を高揚させた。そしてその昂りを利用し、自らのパフォーマンスを向上させていく。
少年の傷は以前と比べると明らかに深く、そして大きい。彼に深手を追わせているその技術こそが、バルパがこの五日間で会得するに至っていた技術、纏であった。
その原理自体は、そこまで難しいものではなく、むしろ普段から使い慣れている身体強化と変わらないものでしかない。だがそれを実際に思い付くのには、発想の転換が必要だった。
纏武とはそもそも魔力を各属性に変質させ、放出させたそれを体内に取り込む技術である。取り込んだ魔力が魔力管を通して流れていく以上、纏武が全身に回るのが当たり前……そんな意識が当然のように彼の中にあったのだ。
そしてそんな彼の固定観念は、レイが持ってきた器を見ることにより氷解した。
彼は纏武を、まだ変質させる前の魔力により区切るという方法で纏武の同時展開を可能にしたのである。
魔力を一ヶ所に留めておくことの出来る技術自体は、身体強化の魔撃の時点で使えるようになっている。だから一度意識さえしてしまえば、習得自体はそれほど難しくはなかった。あとはまたいつものように実験と検証。どうすれば効率的に能力を向上でき、どうすれば採算度外視で強力な一撃を放てるのか。
彼は今二種類の魔撃を同時に使うことが出来る。そして実験の結果、バルパは纏武を全身に張り巡らし、魔力で区切った一部に新たに纏武を発動させることが適切であることを見つけた。
各部に部分的な纏武を発動させることこの技術を、彼は纏と呼ぶことにした。
掌に使えば纏腕、脚部に用いるのなら纏足といったように局部的に使うことを可能にしたこの技術は、速度が伴わずに腐っていた火属性の纏武灼火業炎を再活用させるものであった。
火力があっても速度の足らないこの技を、バルパは全身に纏った纏武により実戦レベルへと昇華させた。一部を強化する部分的な身体強化同様インパクトの瞬間に火属性の纏を使えば、その最大の利点である強力な身体強化を最大限利用する事が出来る。轟雷により速度を補えば最早これは鈍重な、一撃偏重な攻撃のままではなくなった。
最高速度に近い状態で一撃で相手に自らの出せる最大威力を叩き込める。
纏により彼の瞬間的な火力は、大いに向上した。
そしてその火力の増加は、戦いが進んでいくにつれてどんどんと明らかになっていく。
バルパは自らの魔力をセーブすることはせず、ただひたすらに相手を削るという選択を採っていた。ヴァンスから彼の回復能力には限界があることは聞き及んでおり、また現状自分が有利であることを最大限活かそうと考えられるだけの余裕が今の彼にはあった。
今自分出来ることは相手に隙を与えず、可能な限りダメージを蓄積させること。
彼は口の中に含んだ丸薬型のポーションを噛み砕きながら、粛々と攻撃を続けた。
ただバルパに一方的にやられることを、敵がよしとするはずもない。
少年はバルパの纏武轟雷が切れ、再装填を行う間隙を縫い、大きく空へ飛び上がった。
バルパは未だ魔力の物資化による空中浮遊、制動が不可能である分、空中戦に関してはどうしても初動が遅れてしまう。
好機と捉えた少年が、自らの逆転の芽を摘まぬよう天高く飛び上がり下を見下ろす。
「屈辱だ……前哨戦としてもゴブリンに手傷を負わされるなど……」
少年は一方的になぶられていたにもかかわらず、その顔には未だ余裕が見える。
「だけどこれで終わりだ……」
少年が魔剣を正中に構える。その顔には怒りと自らの明るい未来への展望がはっきりと浮かんでいた。
そして自らの敵が本気を出すとわかったことで、バルパもまた新たな力を解放させることを決める。
バルパに剣術の心得はない。故に彼はわざわざ構えなど取らず、ただ本能の赴くままに剣の腹を空に向け、姿勢を落とした。
口上を述べる騎士のような姿勢で、少年が大きく息を吸う。
それに合わせてバルパもまた、呼吸を整えた。
「魔剣、奉刀‼」
少年の力は全てを断ち切る滅びの刃。あらゆるものを削り、衰えさせ、退かせてしまう堕落の剣。
バルパは少年の全身から立ち上る黒色の魔力を見て、小さく身体を震わせる。
恐怖したのではない。戦いたのでもない。
ただ自分がこれだけの強敵と全力で戦える、そのことに身を震わせていたのだ。
しっかりと剣を握る。
その剣にあった名は、既に忘れ去られてしまっていた。
聖剣はその持ち主の思いに答えた。
バルパの全身から、白銀の魔力が溢れ出す。剣からでなく直に身体から出るその魔力は、彼が聖剣に認められた証だ。
聖剣は斬る。あらゆる困難を、そしてあらゆる強敵を。
バルパは叫ぶ、自らの前に立ちはだかる存在を切り伏せるために。
「聖剣、解放‼」




