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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第四章 天使の羽を踏まないで
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戦いの時は今

 夜が明けてからずっと、バルパは魔力感知により少年の反応を探し続けていた。

 天使族の集落を囲むよう、中心部から探査範囲を伸ばし、もしもの時のための逃走経路の確保、そして守りながらの撤退戦を行うことについての打ち合わせも既に終えている。

 彼は腕を組み目を瞑り、うろの剥がれた若木にもたれかかり精神を集中させていた。

 ライラックから澄みきった青色へと変わっていく空の色に頓着することもなく、彼はジッと待ち続けていた。

 不安は、もちろんある。

 勝てなければどうしようと、彼の中の臆病な心が叫んでもいる。

 だがバルパは逃げるという選択肢は、取らなかった。

 この五日間を逃走に使い、更に自分が逃げて時間稼ぎをするのなら、わざわざ負けた時の莫大なリスクなど負わなくとも済んだかもしれないのに。そう思ったことがないとは言えない。

 だが彼は戦うことを選択し、ミーナ達は彼の考えを肯定した。

 何を思ったのか、自分のことをどう思っているかもわからないが、天使族の皆もまたこの場所に留まることを選んだ。

 それはつまり自分の勝負如何により彼ら、彼女らの命運が決まるということだ。

 自らの双肩に何かがかかる、そんな経験をするのはバルパにとり初めてのことだった。

 以前虫使いを助けた時は必死で、何かを考えることなどなかった。

 だが今は違う。修行を終えて準備を整えている間、彼には十分に考える時間があった。

 どうして戦わなければならないのか、どうして自分は敢えて戦い、あの少年を打ち負かそうとしているのか。

 今逃げても今後逃げ続けることになる、それならば今のうちに倒してしまった方がいい。そういった気持ちもある。

 負けっぱなしじゃいられないという反骨心のようなものもある。

 逃げ続ける生活などをしては結果として逃げずに戦うよりもよほど酷い結果になるのは間違いない、物量差で押しきられぬうちに勝ってしまわねば自分に未来はない。そんな風な打算的な気持ちもある。

 だが考えてみれば、向こうがわざわざ一人で来てくれるのか、そして負ければ素直に引き下がってくれるのか、そう言ったことは何もわからない。

 早まっただろうか、何度思い返したかもわからない考えを再び脳裏に描くバルパ。

 しっかりと閉じられていた彼の瞳が見開かれる。


「……来たか」


 呟く彼の視線は、空に固定されていた。魔力により視力を強化しても未だ見えぬその先に、彼の目当てであり、そして同時に彼を目当てにしている少年の姿があるのだ。

 最初は見えなかったが、魔力感知で捉えてから数秒もすると、その存在がはっきりと見えた。

 ぐんぐんと近付いてくる人影、見える格好は以前より少しだけ野性味が増えているが、相変わらず洒落た絹の衣服を着ている。

 自らの敵が着地するのと同時、バルパは背を預けていた木から離れ、ゆっくりと地面を踏みしめた。


「ここは戦うのに相応しくない。少し歩くぞ」


 バルパの言葉を聞いて、少年は露骨に顔をしかめた。彼は何も言わず、その手に魔剣を手にしている。明らかに臨戦態勢な様子を見て、バルパは苦笑した。

 切っ先をバルパに向け飛びかかろうとした少年の手を、彼はそっと押さえる。


「慌てるな、俺は逃げん」

「…………っ⁉」

 

 バルパの五日間の成果を目にしたからか少年は驚き、思いきり後ろに飛びずさった。


「こっちだ、ついてこい」


 バルパの先導に、少年は今度はしっかりとついてきた。

 その雰囲気は剣呑で、研ぎ澄まされている。尖ったナイフのような刺々しい空気は、常人なら胃に穴が空きそうなほどだ。

 戦いに特化し、戦うために生まれてきたかのようだな。 

 バルパは歩きながらそんなことを考えた。そして彼は自分がどうしてここまで戦うことにこだわっていた理由、その一つに気付く。


(もし戦い続けてそれ以外の全てを捨てたのなら、俺もこんな風になっていたのだろうか)


 バルパは戦いの中に身を置いてはいても、戦いに耽溺するようなことはなかった。最初の頃目的だった戦いは、今や彼にとって目的を叶えるための手段でしかない。

 だが今自分が戦おうとしている少年は違う。

 彼にとっては戦いこそ全てで、自分を殺し聖剣を手に入れることこそが彼の全てなのだ。

 それは大切だと思っているもの以外の全てを切り捨てる強く、そしてどこまでも寂しい生き方だ。

 彼は少年の中に、自分の可能性を見ていた。ただ強さだけを追い求め、それ以外の全てを捨てた自分の可能性を、彼へと重ねていたのだ。

 気付けばバルパは、天使族の使う練習場へと辿り着いていた。

 天使達の住まう集落の外れに、踏み均され草の枯れ果てた一画、。葉を落としそのうろを尖らせる樹木が見守る平原。

 くるりと振り返り、少年に向き直る。円形にくりぬかれ舞台のようになっているその場所で、バルパは改めて自らの敵の顔を見つめた。


「……ここでいいのかい、君の墓場は」

「死ぬつもりは毛頭ない。ここは俺達が夜にあげる、祝杯の場だ」


 日が昇り陽光が肌を突き刺す。その全身を漆黒の鎧に包むゴブリンにも、薄い衣重を着ただけの少年にも平等に。

 バルパは考えることを止めた。行動の理由も、戦う理由も、一度戦端が開かれれば無意味。

 今ここには自分と、敵しかいない。

 主義主張、目的、全てが強さによりねじ曲げられる世界に、ゴブリンと人造人間が立っている。


「言葉は要らない」

「……僕としてもそっちの方が楽で助かるよ」


 口に出す必要などない。

 後は戦いの中で語ればいい。言葉ではなく刃で語ってこその戦いだ。


 一度距離を取り、二人が円の中心部から等距離になるように位置を調整する。

 バルパが人避けを頼んでいたため、今この場には人は一人もいない。

 さぁ、闘争を始めよう。

 聖剣の持ち主は、この俺だ。

 天使族には触れさせぬ、ミーナ達は殺させぬ。

 お前に本当の強さというものを、教えてやろう。


「いざ、尋常に…………勝負っ‼」


 バルパは新たな力の一つをいきなり発動させる。

 出し惜しみはなし、最初から全力だ。


「纏武轟雷」

 

 瞬間少年の後ろをとり、一撃が彼のもとに放った。だが速度に関してはこちらが優勢ではあっても、少年はしっかりと剣をバルパの一撃に合わせてくる。

 力でならば自分が勝てると判断しての迎撃だろう。五日前までならば、確かにその対処法は正しかった。 

 だが今その手を取るのは、悪手だ。


纏掌てんしょう空紅からくれない

 

 紫電を身に纏うバルパの腕に炎が灯る、そして互いの一撃がぶつかり合い……少年が押し負けた。

バルパは更に剣を前に出す。勢いがしっかりと残った彼の斬撃は……確かに少年の胸部を切り裂いた。

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