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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第一章 狩る者と狩られる者
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戦闘終息、そして……

 ドラゴンが自らの考えを改める必要を認めたのは更に幾度か攻防を終えた時のことだった。ドラゴンは未だ抵抗する様子を見せるゴブリンに苛立ちを覚え始め、全力に近い威力で竜言語魔法を行使し始めている。

 目の前の魔物の実力と、魔法の品の数は自分が想定していたよりも高い。竜は自らの予測が誤っていたことを素直に認める。

 最早袋の入手は絶対ではない、少しでも危ないと感じれば自らの全てをもって攻撃にあたる必要がある。ドラゴンは自分が生まれてからもっとも心を躍らせてくれているゴブリンを自らの好敵手として認識する。

 目の前のゴブリンは、おそらくそう簡単に折れることはないだろう。自分の持つ全てを使い、ゼロに近い逆転の可能性が文字通りのゼロになるまで抵抗を続けることだろう。

 自分が全力のブレスを、全力の爪や尻尾の一撃を出せば刺し違えてでもこちらを殺しにきかねない。それだけのなにかを、竜は目の前のゴブリンから感じ取っていた。それがドラゴンが一撃で葬り去るだけの溜めを作ることを躊躇わせる。そして結果として以前よりも機を伺いここだというタイミングを待つために攻防は以前よりも小規模で、それでいて張りつめた空気を持つそれへと変わる。

 自らが一手を間違えれば即座に攻撃に反転され、左の目を射抜かれるのではないかという緊張。そして自らが王手をかければ相手は自滅覚悟で全てを放ってくるに違いないという嫌な確信。

 ドラゴンは相手の一挙一投足を見つめ機を伺おうとして…………そして無様に横転した。

Gura?

 何が起こっているのかわからない、自分が、横転? 倒れて、今は、あれ地面が横に、何故、ゴブリンの姿は。なんらかの魔法? それなら回復を……回復でも治らない? バカな、そんなバカな。

 自分よりも魔法が使える存在がいるわけが…………

Gyuryooo…… 

 彼は自分の左目にゴブリンが近づくのを感じていた。どういう攻撃をされたのかは理解できなかった。だがこれだけはわかった。

 自分は選択を誤った、誤り続けたのだ、と。

 最初、自らが守る場所へ誰かが来たとわかった瞬間に全力で迎撃するべきだったのだ。自分の右目を鱗ごと貫くような武具を相手が持っているとわかった段階で、もっと警戒をすべきだったのだ。

 相手が竜言語魔法の行使を妨げるような短剣を差し込んできた時点で、搦め手を使ってくることを理解すべきだったのだ。そして相手が奇襲や搦め手を使ってくることから相手の戦力を予想し、正面から応戦し自らのスペック面でゴリ押ししてしまうべきだったのだ。

 相手が持っているものの価値につられるべきではなかった、相手がゴブリンであることを侮るべきではなかった。

 ああではなかった、こうでもなかった。死というものを前にしてドラゴンは始めて自分の持つ脳みそをフルで回転させた。

 若いとは言えなくとも、迷宮という限られた空間でしか戦ったことのないレッドカーディナルドラゴンには圧倒的に経験が不足していた。

 たらればなどというものは存在しない。今ドラゴンの左目に剣を突き立て、そしてその奥にある脳へと大剣を届かせようとしているゴブリンが勝ち、ドラゴンが負けた。それだけのことだ。

 自分よりも弱いものに対する侮りを捨てなかったドラゴンと、自分より弱いものからこそ何かを学びとれるに違いないと考えたゴブリンの考え方は対照的だった。そしてそれこそが勝負の趨勢を決めたと言える。

 この日人間から学びとり、人間のように自らよりも圧倒的に強いものを倒せるように強くなるという彼の願いは、多大なアイテムのロスと魔力の枯渇を伴いながらもなんとか達成されたのである。

 

 ドラゴンの動きを止めたのは、冥王パティルの短剣と呼ばれる呪いの品だった。勇者の情報をある程度持っていたルルは、勇者の持ち物のうちのいくつかの能力を詳細に知っていた。この短剣もその知識の中にあったものの一つである。

 その能力は、この短剣で切りつけたものの行動を一定時間後に一定時間だけ止めるというものだ。だがこの一定時間というのが実にくせ者で、一秒であることもあれば半日かかることもある。流石にどれほど長くても一日よりはかからないという条件は判明していたが、そんな不安定なものを勇者が使うはずもなく、魔物界の重鎮である冥王パティルの遺品であるその短剣は無限収納の中で埃を被っていたのである。

 その力がドラゴンへ届いたのは、それが魔法の品ではなく呪いの品であったからである。両者は魔力を帯びているという性質こそ同じではあるが、そもそも魔法と呪術は全くの別物である。本来なら供物を使わなければ使えない呪術をなんの対価も使わずに行使させるその短剣の性能は破格であった。呪術は自らよりも強いものには効かないという条件があり、問題なのはそこであったがなんとか賭けには勝った。冥王パティルの魂は、死して尚ネームドドラゴンよりも高い格を持ち続けていたのだ。

 正直なところ、いくつもの博打要素があった。そしてその全てに勝ち、思わぬ幸運にも助けられた。そのうちのどれかが欠けていれば五体満足で勝つことは出来なかっただろうし、いくつかが欠けてしまえば勝ててはいなかっただろう。

 だが彼は勝った、多大な労力と多大なアイテムの犠牲こそあったが勝ったのである。

 ドラゴンから赤い光が浮かび上がり、ゴブリンの中へと入っていく。彼は自分がまた、生物としての格が一つ上の段へ上がったことを理解し、そして袋からポーションを取り出し一息に飲み干した。 

 戦闘を終えり、呼吸を落ち着けていると彼は階層と広間を断絶させていた雷の檻が消えるのを見た。

 ようやく一息つけると、バルパは安堵からほぅと温かい息を吐く。

 ドォオオン‼

 彼のぼうとした意識を迷宮へと再び戻したのは階段から吹き出すように噴出した炎の河だった。

 あそこにはルルがいるはずだ、だとすればルルは一体どうなって……。

 考える前にバルパは飛び出していた。

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