残された時間
「あー、もう面倒だからすることしてちゃちゃっと帰るわ」
未だ興奮冷めやらぬ様子のミーナを介抱するバルパにヴァンスが鼻くそを飛ばした。それを首の動きで避けるとどうしてか怒られた。バルパは世界の理不尽を知った。
「とりま俺が言っとくのはだな、あと五日であいつが来っからそれまでになんとかしとけってこと」
「どうしてそんな正確な日時がわかる?」
「決まってんだろ、ズバっとカチコミかけたんだよ」
「メチャクチャだな」
「褒めんなって」
どうやらバルパは二日ほど寝込んでいたらしく、彼が知らぬうちに自体はかなり大きく動いているようだった。
まずここはどうやら天使族の集落、その中でもかなり上等な家屋を貸しきりにしてもらっているらしい。ヴァンスの腕力とレイの取りなしによって、明らかによそ者の自分達にも住居が割り当てられたらしい。
「そういえばエルルとレイがいないな」
「家族の家にいるよ、ちっこいのは幼いからって理由でなんかもってかれた」
「そうか」
どういういざこざがあったのかはわからないし、多分聞いても教えてくれないだろうから聞くことはやめた。大切なのはとりあえずあと五日後に、彼とまた戦うことになるだろうということだった。
「どれくらいの数が来る、騎士団レベルか? それともあの黒ずくめ達が徒党を組んでくるのか?」
「んー……多分、一人で来ると思うぜ」
「向こうがヴァンスが帰ることを知らないだろう、出来うる限りの物を用意してくるのは間違いない」
「いや、俺いないよって普通に教えたから」
「何やってるんだあんたは‼」
気付けば元気を完全に取り戻していたミーナがキレる、彼の腕の中でふるふると小動物みたいに震えながら自分の怒気をせいいっぱい体で表していた。
「まぁちょい話してわかったんだがよ、あいつもお前と同類なんだわこれが」
「違う……それは違うわ、目が違ったもの。あの白髪は私のこと、家畜か何かとしか見てなかったもの」
「た、確かに……あれは違います。化け物ですよ、化け物」
「そういやちんちくりんはションベン漏らしてたもんな」
「わー‼ わーっ‼ デリカシー‼ デリカシー‼」
ウィリスが反論し、ヴォーネがそれに追従する。だがヴァンスは取り合わない、その不動っぷりは流石の一言である。
「あれは英雄症候群ってやつだな」
「……なんだそれは?」
「まぁ戦わずにはいられない奴ってことさ、種類は違えど俺やお前と一緒だ。まぁちょい歪みすぎて拗らせてる感はあるがな」
あいつは一人で出てきて、一人でお前を殺し、そこから皆を殺すだろう。そうヴァンスは口にした。
「そうか、なら頑張らなければならないな」
「俺に戦えとか言わないあたり、ちょっとわかってきたみたいだな、うん」
「もう一度聞きますけど、ヴァンスさんは手を貸してくれないんですよね?」
「うん、だって面倒だし」
「ずっとこの調子なんだよ、なんとか言ってやってよバルパ」
「いや、ヴァンスの言っていることは全く正しい」
彼は全くの善意で自分のことを助けてくれた。それ以上を求めるというのは酷だし、そうやって人に頼ることを覚えればいずれ大きな代償を払うことになるに決まっている。
「勝てばいい、それだけの話だ」
俺があいつを倒す。もしヴァンスの予想が外れて別の敵が現れたらその時はお前たちのことを当てにしよう。そういうとヴァンスも含めて全員が、少し微妙そうな顔をした。
「俺も結構遊んだし、帰るわ。んじゃな」
それだけいうとまるでなんでもないかのように巻物を広げ、ヴァンスは帰っていった。
一回助けたらそれっきりなどと言っていたわりに、随分と気を使ってくれたものだと彼の消えた場所を覗く。
自分が意識を回復させるまでなんだかんだでいてくれていたり、不測の事態が起こらないように色々と調整してくれたり、彼には本当に頭が上がらない。
素直に感謝するとすぐに茶化そうとしたりふんぞり返ったりするのは実は、照れの裏返しか何かなのかもしれない。
「あんな感じでも、バルパさんが目覚めるまで実は結構あたふたしてたんですよ」
「……そうなのか?」
「ええ、半日もすれば治るって言ってたんですけどバルパさん全然目覚めなくて。色々歩き回ったりしてたのも多分、落ち着かないからなんだと思います」
「うぇー、ムキムキのおっさんの照れとか誰得だよ……」
舌を出すミーナを見ながらヴァンスは一度レイの家族に挨拶をしにいかなくてはならないなと考えた。だがそれをするだけの時間が、果たして今の自分に残されているのかどうか。
「……五日か、少し短いな……」
「でも強くなったんでしょ? ヴァンスが言ってたよ」
「それで足りるか、という話だな」
聖句は既に己の魂に刻まれている。一応今ならば二日前と比べれば随分と善戦することが出来るだろう。
だが果たして借り物の、言ってしまえば純粋な力ではなく武器の力だけで強くなっただけで足りるだろうか。
バルパはそれが、少しだけ不安だった。闘争の中で生きてきたからこその動物的直感が、これだけでは足りないと彼に告げていた。
(もう一つか二つ、ダメ押しの力が必要だな)
バルパは五日間という時間を、未だ実現に至っていない新たな技術を開発に費やすことに決めた。




