しなければならないこと
「ん、ここは……」
「バルパッ‼」
意識が覚醒するのと同時、バルパは左手が柔らかさと力強さに包まれていることに気づく。先ほどまでと違いそこには熱さではなく、温かさがあった。
「大丈夫か? ぽんぽん痛くないか?」
「ああ、問題ない」
ミーナが彼の手を握っていた。か細い彼女の小さな掌が、やわやわと武骨な彼の手を掴んでいる。
「良かったです」
「心配かけさせるんじゃないわよ」
「この子こんなんでも、さっきまで泣いてたんですよ」
「泣いて‼ ないっ‼」
そして握られた彼の手の上に、ルル、ウィリス、ヴォーネの手が重なっている。心なしか、ミーナ達の目は赤く腫れているように見えた。
結局のところ自分は、誰かを悲しませる業のような物を背負っているのかもしれない。バルパは上体を起こし、辺りを見渡した。立て付けの悪そうな板をくっつけてある簡素なプレハブ小屋だ。彼はそこに敷かれた布の布団に横になっていたというのがわかった。
現状の把握が出来ていないバルパは強く手を握るミーナを見て、それから天井を仰ぐ。
「教えてくれ、一体今はどうなって……」
「それが助けてもらった奴の……態度かっ‼」
瞬間、激烈な頬の痛みと共に身体が大きく後方へ吹っ飛んだ。
すわ新たな敵かと魔力感知を発動させ、自らの気が緩んでいたことを自覚するバルパ。
だが見知った反応を感知し、その戦意はすぐに消え去る。
「ヴァンス……か」
「お前よぉ、今どうだとかそういうことの前に、まずしなくちゃならないことがあるだろうが」
彼を殴った張本人、ヴァンスはそれきり目を瞑り腕を組み、黙ってしまった。バルパは自らの師匠の言葉を聞き、自分がしでかしたことの大きさを改めて思い知る。
現状の把握などよりも先に、伝えなくてはならないことがあるではないか。
彼はそう思い、自分を見つめているミーナ達の方を向く。
もしあの精神世界で衝動に任せ破壊と殺戮を行ってしまっていたなら、きっと自分の中の何かが変わってしまっていた。バルパにはそんな直感があった。
彼がここで今以前と変わらぬままでいられるのは、彼女が、彼女達がその手のひらの温もりを通し自分に働きかけてくれていたからだ。肉体を通して自分にその大切さを、改めて教えてくれたから、彼はあのたぎるような激情に身を委ねずに済んだ。
それだというのに都合ばかりを気にするとは何事だ、一体お前はいつからそれほど偉くなった。バルパは自省し、立ち上がって頭を下げた。その際ヴァンスはそれでいいとでも言いたげに目を瞑ったまま頷いている。それを見て彼は、自らの師の背中の大きさを知った。
「皆、すまない。それから……」
「そうそう、まずは俺様への感謝だよな、ハッハッハ‼」
「……」
黙りこくるバルパ、彼は一旦顔をあげミーナ達の方を向く。二人の声が重なっていたおかげで、幸いなことに彼女達には彼の声が届かなかったようだ。
気を取り直し彼は言い直した。
「ありがとう。救援感謝している」
「おうそうだ、俺を崇め奉れ。ガッハッハ‼」
腰に手を当てふんぞり返る彼の姿を見て溜め息をこぼしそうになるのをグッと堪えるバルパ。そういう言葉がなければきっと、俺は終生忘れぬだけの恩を感じたと思うぞ、そう心の中で付け加える。
だがこの子供っぽさというか、良い意味での人間らしさをどこか好ましく思っているのもまた事実。化け物じみた強さを持つなかで未だ普通に振る舞えているのは、その純粋さが理由なのかもしれない。彼の真っ直ぐさが、バルパは嫌いではなかった。
彼はふんぞり返りすぎて頭を壁にぶつけて、それでもなお笑っているヴァンスから顔を背け、再びミーナ達に向き直った。
「お前達も……ありがとうな」
「い、いえ、私は何も出来ませんでしたから……」
「私も似たようなもんです」
「わ、私はもう少し時間があれば敵を撃退出来たわ」
「はいはい、嘘つくなウィリス」
「みぎゃっ、耳引っ張らないでよ‼」
ミーナがエルフの耳をびょいんびょいんと伸ばしてから、バルパの方へやって来る。
「ごめん、私は何も……でも、バルパが生きてて良かった。本当に……良かったっ‼」
ひしと抱きついてくる彼女の体温は高い。
温かく、生きている。この温かさが自分を踏み止まらせてくれたと思うと、心から何かが溢れてくるような気がした。
熱い彼女の体温が身体を通し、心の底でへばっている闇を溶かしてくれる。
そのありがたみを噛み締めながら、彼はされるがまま、ミーナが落ち着くのを待っていた。
兜を脱ぎ捨て見えているその醜悪な顔には、確かな優しさがあった。




