表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第四章 天使の羽を踏まないで
285/388

それは戻れぬ過去、有り得る可能性

『見よ、勇者の足跡を‼』

『見よ、勇者の足跡を‼』

『見よ、勇者の足跡を‼』


 景色が流れ、時代が流れ、世界が流れていくのを、バルパは具に観察していた。

 歴代の勇者達視点で見ることの出来る景色は、人によって実に多様だ。

 とある勇者は世界を平定し、魔王を討伐し、王国を築き上げて大往生した。

 その次の勇者は魔王と相討ちになり、護国の英雄として祀られた。

 誰しもが人間のために戦ったのかと言えば、もちろんそうではない。

 バルパが七人目に見た女勇者は戦いの最中魔王と和解し手を組んだ。そして人と魔物が共生出来るような世界を作ろうとし、そして失敗した。

 双子の勇者は聖剣を代わる代わる使い、人間を虐殺し魔物を守った。

 何のために戦っているのかも、誰のために戦っているのかも、全てまちまちだった。

 各々に各々ごとの正義があり、自分とその周囲のために戦っている。バルパには彼らの勇姿はそんな風に映った。

 主義主張も違えば、戦う理由もそれぞれ。そんなものが一律して勇者と呼ばれているというのは、どうにも違和感が残る。

 そして勇者に立ちはだかる存在、魔王というものもまた奇妙だった。勇者を相手に必ず立ち向かうというその一点こそ共通しているものの、とあるものは不定形のスライムであり、とあるものはバルパも見たことがないほど小さな竜であり、またあるものは普通の人間でもあった。その共通する特徴とは、とある黒い剣を使っているというただその一点のみ。そしてその黒剣は、バルパには妙に見覚えのあるあの剣だった。

 魔王、そして勇者。両者に違いなどないし、両者に決められた運命などというものも存在はしていない。

 ただ人間側に立つ物で聖剣を振るう者が勇者であり、魔物側に立ち魔剣を振るうのが魔王であるというただそれだけのことにしか、バルパには思えなかった。

 だがそう考えると、少しおかしな部分もある。

 今バルパは魔物達の側に立っており、星光教徒の少年は人間の側に立っている。

 にもかかわらずバルパが使っているのは聖剣であり、少年が使っているのは魔剣だ。

 これではあべこべではないかと思い、考えを巡らせてみても、こんな奇妙なことになった原因はわからない。

 

「これで終わりだ……聖剣、解放(ディードゥル・リード)‼」


 彼の目の前で勇者スウィフトが聖句を唱え、聖剣の力が解放される。

 どういう理屈かはしらないが、スウィフトから一代ごとに遡っていったあと、今バルパはまた彼の足跡を辿ることになっていた。

 これは恐らく彼が最後に成し遂げた成果、単身魔物の領域に攻め込み魔王を討伐した時の記憶。

 優しく暖かい白銀の光が、彼の体を駆け巡っていく。魔力感知の使えぬ今の状態でも、彼が身に纏っている魔力の濃密さは理解出来た。 

 剣を振るう、剣を凪ぐ、剣を傾ぐ。一つ動作を重ねる度に、彼の速度は増していく。

 残像は二体に増え、三体に増え、十体を越えたところでバルパの視力では追うことが出来なくなった。

 彼と戦っているスライムの魔王リトルリトルは、その残撃の全てを受け、そして確実にカウンターを返していく。

 細かな一撃を加え続ける勇者と、大きな一撃を当てていく魔王。二人は泥沼の消耗戦の中、ただひたすらに剣を振るう。


「……愚かだな勇者、我らでなくば獲れん。世界と……その向こう側はな」

「貴様は殺す‼ お前を殺し僕の、僕達の世界を守るんだっ‼」

「……こんな白痴相手に力を持たせるのだから、やはり世界は残酷に過ぎる」

 

 聖剣が魔王の頭に突き刺さった、そしてスウィフトはそのまま切り下ろしを放ち、相手の身体を真っ二つに叩き斬った。スライムであるが故に構造は人体とはほど遠いだろうが、流石に身体を二つに等分されればただでは済まないだろう。


「ヒロイズムに酔い、正義感で自慰をして、罪悪感を愚民の観衆で掻き消す。惨めだなぁ勇者。まともに世界も見ずに力に酔う、赤子以下のチンパンジー君?」

 

 負け惜しみを言いながら魔王が消えていく。そしてスウィフトは無言のまま、透明な粘液を布で拭った。

 その周囲には誰もいない。仲間は一人もおらず、あたりにはただ累々と魔物の死体が転がっているだけ。


(強い者はいつの時代も……孤独なのだな)


 強くなりすぎれば、誰しもが孤独になる。強者故の孤独を感じてきたのは、自分だけではないのだ。

 初代勇者のラフィリスも、二十一代目勇者のスウィフトも、そして勇者ではないヴァンスでさえ。

 

『見たか、勇者の足跡を‼ ならば見よ‼ 新たなる道筋を‼』


 バルパの視界が再び暗転する。歴史の概観は終わった、それならば次は一体何が起こるのだろう。

 期待と不安を半分ずつ抱えたまま目を開いたバルパは明るくなった視界に広がる光景を見て、絶句する。


「……殺せ、殺せ‼」

「罪を償え‼」

「死でも灌げぬ罪の業火に焼かれろ‼」


 そこではルルが、ミーナが、バルパと行動を共にしてきた彼女達が、泣き叫んでいた。

 泣きながら手に杭を打ち付けられている彼女達の前に一つの血溜まりがある。

 そこには、何もかもを手から溢れ落とした……憐れな一体のゴブリンの死体があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ