見よ、勇者の足跡を
『見よ、勇者の足跡を‼』
バルパは目を覚まし、自分の体の感覚がないことに気付く。体を動かすことも、それどころか視線の一つも動かすことが出来ない。言葉を出すことも出来ず、彼に出来るのはただ流れている映像に目を通すことと、心の中で独白をすることだけだった。
まず最初に彼が見たのは、スウィフトの姿だった。彼は色とりどりの装飾に彩られた縦長の建物の中で、誰かにかしずいている。
「では、今後お前は勇者として世界の平和を、秩序を、我ら人類の安寧を求めるためにその身を捧げるのだ」
「…………はい」
「それが出来ねば貴様の知り合いも、見ず知らずの人間も、全員が死ぬ。人類の生存圏の獲得こそが、我らに残されたただ一つの生存戦略なのだ」
「わかっています。この身は全て、星光教のために」
場面が切り替わる。次に見えたのは、スウィフトが亜人を殺している姿だった。
先ほどまでよりずっと精悍な顔立ちになり、筋肉質な体になった彼は、濁った瞳で機械的に彼らを殺し続けていた。
「や、やめてくれ‼ 俺は、俺はどうなってもいい‼ だからせめて、女房だけは‼」
「……」
スウィフトは何も言わず、聖剣を振った。彼の表情は死んでいるにもかかわらず、聖剣の輝きだけは生き生きとしていて、非常にアンバランスだ。
彼はまず、懇願する男の隣に居た蛇顔の亜人を殺した。そして泣き崩れている男の後頭部に聖剣を差し込んだ。
(これはスウィフト、勇者の記憶。どういう理屈かは知らないが俺は今、彼の体験を追想しているのか)
バルパが理屈を捏ねる間もなく、また場面が切り替わる。
スウィフトと誰かが、一騎討ちで戦っていた。彼の相手をしているのは全長がバルパの二倍はありそうな巨人だ。
だが体躯の差など関係なく、スウィフトは敵を転がし、その胸に聖剣を突き立てていた。
巨人がゆっくりと首を動かし、彼の方を向く。
「お前が……グルズ族であれば良かったのに」
「……」
「勇敢な戦士に、幸の多からんことをっ‼」
巨人は叫んでから、目を見開いて事切れた。スウィフトは振り返り、どこかへ駆けていく。
すぐに振り向いた彼の顔が少しだけ歪んでいたのを見ることが出来たのは、丁度真向かいにいたバルパだけだ。
どうやらスウィフトは完全に感情を殺せるわけではないらしい。感情を表に出さなくなっただけで、決して感情が消えたわけではないのだろう。
バルパがじっと彼の背中を眺めていると、再び場面が切り替わる。
「はっはぁ‼ ようやく見つけたぞ勇者スウィフトォ‼」
「……誰だい君?」
「問答無用で、ブチ殺すっ‼」
次に見えたのは、何故か笑顔でスウィフトと切り結んでいるヴァンスの姿だった。
「男だったら拳で語れやっ‼」
「うる……さいよ、お前っ‼」
目にも止まらぬ早さの剣技の応酬が終わってから、何故かヴァンスとスウィフトは剣を腰に収めて殴り合いを始めた。
そしてまた不思議なことに、剣よりも拳の方が戦いが激しくなっていた。
ヴァンスが時折口にする俺は剣使わない方が強いというのは事実かもしれない。
(……というか、やってることがまだ人に慣れていない頃の自分と同レベルなのはどうなんだ)
何故か全身を血塗れにしながら笑っているヴァンスを見ると、また視界が暗転した。
「殺せっ‼ 殺せっ‼」
「そうです。皆で天の国に行きましょう。天の国に行けるのは、信仰篤き人のみです」
「万歳、万歳、勇者万歳‼」
次に見えたのは、どこか大きな城の上で手を振っているスウィフトの姿だった。彼が身動きを取る度に下に集まっている市民達から歓声が上がり、熱狂の渦は高まっていく。
バルパが耳鳴りを感じていると、また場面が変わった。
「俺は、強く……なれるか?」
「…………なれるさ」
それは見慣れた、何度も夢に見た光景だ。
一人の強者を殺し、自分が自分になったその瞬間。
粗末な鉈で何度も何度も感じた、肉を断つあの感覚を、バルパはきっと永遠に忘れない。
(スウィフトの人生を辿るのなら、これで終わりになるはずだが……)
『見よ、勇者の足跡を‼』
だがバルパの予想は外れ、彼は再び意識を暗転させる。
その直前のほんの一瞬、彼の視界に涙を流す女の姿が見えた気がした。




