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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第四章 天使の羽を踏まないで
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再会を祈って

「が……あ……」


 ぐらりと態勢を崩し、少年が地面へ顔をぶつける。悪態を吐く余裕もないのか、言葉少なで横になったまま、ヴァンスを強い視線で睨んでいる。

 

「おぉ、まだ動けるか。すげぇな。あ、誉めてんのはヤツらの技術力の話な、お前のことじゃねぇから」


 ヴァンスは殺されそうなほどきつい視線を向けられても飄々とした態度を崩さず、至極真面目な顔で鼻くそをほじっていた。


「くそっ、流石俺の体から出ているだけあって鼻くそですらスペシャルだぜ……」


 血まみれの人間の殺意を直に感じてもなお、おちゃらけてふざけたまま自分というものを崩さない。傍からみると大層間抜けに見えている光景のまま、ヴァンスは未だ無事な刀剣を少年目掛けて飛ばした。


「ほいっ」

「があああっ‼」


 あくまで遠くからの攻撃にこだわる彼を見て、歴戦の男はつまらなそうな顔をする。


「きっと後悔させてやるぞ……無限刃」

「俺をその名で呼ぶんじゃねぇ……んじゃな、来世で会おうぜ」


 彼は右手を少しだけ上げ、人差し指の第一関節を折り曲げた。

 少年の顔が引きつり、そして頬に皺が寄る。


(む、少なくともここから逆転するような手はねぇはずだが……俺の知らないタイプの迷宮出土のアイテムか?)


 短剣が少年の心臓に突き立つその瞬間、彼が小さく呟いた。


「殺してやる……覚えてろ、正義は最後には……必ず勝つんだ」


 彼が収納箱から何かを取り出すのと、その薄皮を刃が切り裂くのは同時だった。

 目を覆わんばかりの光を見て、ヴァンスは相手が狙っていることがなんなのか気付いた。


「させるかよ」


 そのまま拳を固く握り魔力を圧縮固定化、そのまま溜めを作らずにジャブを放つ。

 物質化した魔力が拳から生み出される衝撃波と共に飛んでいき、音速を超えて少年の腹に突き刺さる。

 腹に刺さる攻撃の音と、少年の全身の骨が折れる乾いた音が耳に聞こえてくるのはほぼ同時だった。




「……チッ、仕留め損ねたか……」


 露骨に舌打ちをしながら顔をしかめる彼の視界の先には、骨片と血溜まりだけが見えていた。そこに少年の姿も、死体もない。


「クソ、あんなモドキに瞬間移動の巻物スクロールがあるなんて思わねぇだろ、普通」


 少年がこの場から離脱した手段は、彼も時たま使う瞬間移動の使い捨ての巻物であった。

 だがあれは普通の人間が持っていられるような物ではない。一つに天文学的な値段が付くし、もし秘匿でもしようものなら王家の人間に魔力を探知する魔法の品を使われて接収される。

 とある伝手を用いて巻物を作ってもらえるヴァンス以外であれを持っているのは、王族の中でも継承権の高い者や一部の大商人程度なものである。

 それを基本的に使い捨ての人造勇者が持っているなど、彼の想像の埒外のことだったため、ついその可能性を排除してしまっていた。


「思ってたよりも、大事にされてたってことか? ……いや、どうせ使い捨ての人モドキごときにバレたら終わるようなもんを持たせる酔狂な野郎が居たってことか。或いはあの魔剣のために紐を付けといたとも考えられるが……ま、いいか」


 ヴァンスは考えるのを止め、これからのことを考えるのを止めにした。なんにしても戦闘は終わった。そして彼は、自分が手を差しのべてやるのは一度だけだと決めている。

 彼が後ろを振り返ると、意識を失ったバルパを抱きとめているミーナの姿があった。

 

「大丈夫なのかよ、おいヴァンスッ‼」

「あぁ? 唾つけときゃ治んだろ、掠り傷だ」

「どこがだっ‼ ボロボロじゃないかよ、私……私、もうこんな風になって欲しく……なかったのにっ‼」

 少し首を回し、前を向く。

 後ろからすすり泣くような音と、ルル達の足音が聞こえてきた。

 バルパは気が弛み意識を失ってから、未だに目覚める様子がない。

 彼にはなんとなくその理由がわかっていた。本来なら回復する状態で意識を失っているその状態を、彼は一度だけ見たことがあったから。

 

「二度はねぇからな」

 

 聞こえていないことなど承知で、彼は聞こえるように声を出した。

 常に助けてもらえると考えるようになれば、甘えが生じる。

 自分が解決しなくても良いと一度でも思ってしまえば、前に進む足は鈍る。

 ヴァンスは彼に、つまらない場所で止まって欲しくも、自分を頼りに怠けて欲しくもない。

 彼が求めているのは将来自分を脅かす可能性のある、自分を殺しうる存在なのだから。


「……ま、頑張れや。起きてくるまでは、守ってやるからよ」

「……ヴァンスさん、バルパさんの意識が戻らない理由がわかるの?」

「ん? ああ、わかるぜ」

「教えては、もらえませんか?」

「んー、やだ」

「教えなさいよっ‼」

「まぁまぁそう怒んなよ、鼻クソやるから」

「いらないわよっ‼」

「ほい、じゃあ嬢ちゃんにやろう」

「……」

「……そんな怖い顔すんなよ、ションベンちびるじゃねぇか」

 倒れているバルパはルルの回復をかけられても、最高級のポーションであるエリクサーにより傷が完治していても、まるで意識を取り戻す気配がない。 

 ミーナ達はもしやこのまま二度と目を覚ますことなどないのではないかと、そう心配しているのだ。

 ヴァンスはその理由を知ってはいる、だが教える気は全くなかった。

 彼は男が頑張っている様を見せるのは、最高にダサいことだと考えている。彼が今心の中でもがき苦しんでいることをわざわざミーナ達に話すのは、弟子のダサさは自分のダサさと感じるヴァンスからするとナンセンスだった。

 

「うっ……ごめん、ごめんな。私が、私がもっと頑張れれば……」

「…………」

「………起きなさいよ……起きろって、言ってるでしょ‼」

 気丈に振る舞う者、自分の不甲斐なさを嘆く者、そして黙りこくったままヤバそうな雰囲気を発しているもの。

 その様子はそれぞれ違ってはいても彼女達は皆、心の底からバルパのことを心配している。

 ミーナは緑色の肉体を持つゴブリンを、まるで気にした様子もなく抱き止めている。彼を見る他の女達の様子にも嫌悪の情は見えず、信頼や思慕等、実に多種多様な感情が見え隠れしていた。

 雰囲気は完全に葬式のように暗い。そしてヴァンスはなんにせよ、女の暗い顔が大嫌いな質である。


「安心しとけ。ちょいと理由があるのはマジだが、明日の朝にゃあ目覚めるさ」

「本当かっ⁉」

「おうよ」


 明日までに目覚めなきゃ、多分死んでるだろうけどな。言葉の後半は内心だけで口にして、彼は瞬間移動の巻物を取り出した。あの人造勇者とは違い、彼には未だ数十個のストックがある。一つや二つの浪費は、問題足り得ない。


「どうする、リンプフェルト戻るか?」

「……いや、それなら我らの集落に案内しよう」


 新たに現れた年嵩の天使、エメーが現れる。ヴァンスは露骨に嫌そうな声を出した。


「言っとくが、俺はこいつらは助けてもお前らは普通に見殺しにするぞ?」

「あんたがいて攻めてくるような馬鹿はおりますまいて」

「ま、いいぜ。滞在は一日だけ、とりま既婚未婚成人未成人問わず可愛い子ありったけ集めるのが条件な」

「承ろう、向こうには納得させるわい」

「ほいほーい、んじゃ行くぞー‼」


 ヴァンスは一度だけ後ろを振り向いてから、なんとなく生き物の存在がする方へ歩き始めた。後ろから急いでついてこようとしている騒々しい音が聞こえるが、バルパを持ってやるような配慮は彼にはない。持つなら男より女、助けはするが妙なところで意地を張るのもまた、ヴァンスという男の在り方を表していた。

 

(見つけてこい、お前の……お前だけの聖句ってやつをよ)


 空を見上げながら彼は、未だ照り付ける太陽を意味もなく睨んだ。

 不機嫌なのか上機嫌なのか、彼はスキップを踏みながらしかめ面をしていた。

 その内心を測らせることのないまま、彼は鼻唄を歌い前へ進んだ。

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