二つ名
季節が移ろい栄華を誇った花々が散っていくかのように、輝きの断片がヒラヒラと揺れ落ちる。上から落ち、右から落ち、斜めから落ち。あらゆる場所からゆったりと降り注ぐ欠片の数は、数えるのも馬鹿らしいほど。
発される光は剣呑、宿る魔力は濁り、そして禍々しい。
落ちて行く刃物が止まる。有るものは中空で、あるものは地面スレスレに。落下に逆らい浮上していくものまである。
その一つ一つが生きているかのように、刃が陽の光を反射して宙を舞う。
花弁を象るかのように同心円状に並ぶものもあれば、激しく自己主張をするかのように遠く離れたものもある。
一見するとバラバラに見えているその武器の数々は、しかしとある男の意思により統一した動きを見せている。
「魔力素子接続、伝導率20%」
茶色い刃に赤黒い何かをこびりつかせたチャクラムが、円軌道によって敵目掛けて空気を裂いていく。鋭い音を発しながら空を滑る円の刃を、少年は自らの黒剣で弾いた。弾かれたそれは軌道を変えて放物線を描きながら飛んでいき、途中で強引に軌道を変え再び少年へと飛んでいく。
「……チッ、鬱陶しい」
まるで糸に引っ張られるかのように自分を追尾する武器を鬱陶しく思ったかのように、黒の魔力が一際大きくなった。
「魔剣、奉刀」
彼目掛けて襲いかかるチャクラムの勢いが一瞬にして衰える、少年はその隙を逃さずに剣を叩きつけ、自らを鬱陶しく追いかけてきた武器を地面へと突き刺した。
本当ならここであれを回収し、相手の攻撃手段を減じさせる必要がある。だがそれをするだけの暇はない。
彼が叩き付け剣を振り下ろすタイミングを狙ったかのように左右から武器が飛んでくる。
「30%」
血まみれの、明らかに呪いの武器である赤い直剣が右から最短距離を突っ走ってくる。左からはそれに少し遅れて、恐らく斧の刃部分と思われる刃物が飛来してきていた。
直剣を黒剣に当て、軌道を反らして避ける。そして左から遅れてきた柄のない斧を首の動きだけで避ける。だが最小限の動きでかわされることを予測していたからか、青い刀身が一瞬にして五倍ほどにまで伸びる。
うっすらと青みがかっている透明のそれは、魔力により産み出された新たな刀身だ。攻撃範囲が一瞬にして何倍にもなったせいで、彼の首筋に傷が出来る。
少年は咄嗟の判断で首を前に出し、動脈手前の肉の部分で魔力刃を受け止めた。刃が食い込む前にバックステップで距離を取り、足元へ飛んできた茨の装飾のなされた槍を避けるために飛び上がる。
「50%……どうやらデバフ系統の能力があるみてぇだが、元が強すぎる俺様にはあんま意味ないぜ、それ」
ヴァンスが右手を上げると、まるで全てを理解していたかのように彼の周囲に浮き上がる武器達が高速で移動を開始する。
その位置取りすらどこか恣意的であり、少年は自分が最初から相手の手の上で踊らされていることを理解した。飛び上がるのを狙っていたかのように、少年を中心とした円を描くように武器がズラリと並ぶ。五重になっている異なった全長の円のそれぞれを、別種の武器が構成している。その武具の全てが、攻撃の対象を少年へ定めているのは明らかだった。最初は剣だけだったにもかかわらず、今彼に見える武器の種類は実に様々だ。全身を棘に包んだ鎧、ひとりでに弦を引かれるエメラルドの双穹等、所々には刃物のない武器すら見え始めている。
少年は魔力を圧縮、噴出させ強引に空中で旋回、迎撃をするために頭を下に、足を上にした状態で態勢を強引に固定した。
「70%……よしよし、調子出てきたぜ」
暢気な声を出すヴァンスは、更に新たな収納箱を取り出しては、握り潰す。そして先ほどまでと同じ光景が、また繰り返される。
都合三度目になる武具の展開は、最早武具で無いものが混じり始めた。
ただ怪しく光るだけの虹色の鉱石、切り離されてもなお脈動を続けている何らかの心臓、純白の美しさを持った鋭い牙。出てくる品々には最早なんの相関性も、関係性も見受けられない。
「75%……その武器を使えるっつうのは、まぁそれなりに使えるってことなんだろうがな。だが流石に喧嘩売る相手がわりぃわ、うんマジで」
「があああああああっ‼」
少年は獣の雄叫びを上げながら、自分目掛けて上下左右の別なく襲いかかってくる攻撃の数々を捌いていく。
上から切り下ろされる大剣、下から逆袈裟を放つ逆刃刀、右から急所を狙って飛来する投げナイフ、左から飛んでくる斧と槍の部分が分離しているハルバート。あちらを迎え撃てば逆撃が飛び、一点に注力して突破口を作ろうとすればそれも折り込み済みとばかりに第二陣の武具達が集中的にその場所へと投下されていく。
そして何より恐ろしいのは、彼が無力化した武器の数々が再び宙を舞い、新たな最大の円を生み出し始めている点だ。第一陣の攻撃を終えた武器達は新たな外周を構成するため、外側で再び新たな円を作る。攻撃は途切れることなく続いていき、第三陣の怪しい物品の数々が爆発を、熱波を、衝撃を生み出しながら少年の肌を刻み、焦がしていく。
「思ったよりかてぇな、次は刃物と加速用で行くか」
ヴァンスは地面に落ちた大量の収納箱から目的の物を拾い上げ、また新たに握り潰す。
彼の想定通り、武器と素材が大量に溢れて出してくる。
「80%……まぁ、こんなもんか」
ヴァンスは新たに武器と自分との間に魔力の通路を作り、魔力量に飽かせてそれを強引に動かしていく。物質化した魔力で無理矢理動かし、魔力回廊によりスキームを滑らかにし、数百数千という物体を魔力だけで思うがままに使役する。
彼が操る武器、鉱石、素材、そのほとんどには値段が付けられない。彼しか手に入れられぬ素材により産み出された刀、彼しか入れぬダンジョンから算出された魔法の武器、少なくともその武器の数々はこのように十把一絡げにして投げやりに使えるような物ではない。
その全てを使役し、思うがままに使い、一つの戦闘ごとに収容している収納箱ごと使い潰す。
その間隙無き攻撃が、雨霰と降り注ぐ。そして自然災害でなく一人の男により産み出されるその惨劇には、恐ろしいことに終わりがない。
相手が死ぬまでヴァンスは新たに収納箱を開き、武器を取り出し、攻撃を続ける。
一人で魔物の群れを殺し、師団を潰し、軍団を文字通りに全滅させる。
休みなく続く攻撃と、終わりのない連撃から付いた渾名が無限刃。Sランク冒険者無限刃のヴァンス、彼の名はその二つ名と共に、世界へと轟いた。
だが必死に応戦する少年を見る彼の目は、酷く冷たい。
「85%……もう要らんな」
彼は自分の二つ名が、好きではない。この無限に続く波状攻撃は、彼が敵を見極めるために使う一つの篩でしかないのだ。そんなものを二つ名にされている現状が、ヴァンスは嫌で嫌で仕方なかった。
全力の彼は、武器を何一つ使わない。武器を使えば聖剣や魔剣でない限り数振りも使うと壊れるし、そんなものよりも自分の拳打の方がよほど威力が高いからだ。
少年を見定めるヴァンスの目は酷く冷ややかで、そして寸分の容赦もない。
あの魔剣は、自分の肉体を傷つける可能性がある。過去一度だけあの剣の持ち主と戦ったことのある彼には、それがよくわかっていた。
万が一、億が一を考えて、ここは自分が接近する愚は冒さない。
「……ま、クソほどつまらん戦いだが。念には念をってやつだ」
少年はバルパと戦っていた時とは逆に、一切の手傷を負わせることなく傷付き続けていた。
それを見たヴァンスは、自分が案外気分を悪くしていないことに気付く。
本来なら一方的な蹂躙は趣味ではない、だがこんな風に思う理由があるとすれば、多分それは……
「思ってたよりキレてた……ってことなのかもしれねぇな」
ヴァンスは足元で倒れているバルパの足をゲシゲシと蹴りながら、戦闘を続けた。
「ったく、あんな雑魚に煩わされてんじゃねぇよ、腐っても俺の弟子だろうが……」
そう厳しい言葉を口にするヴァンスの顔には、少しだけ笑みが浮かんでいた。




