師弟
「酷いやられっぷりだなぁ、おい」
ヴァンスは周囲をグルリと一瞥してから、腰に手を当ててふんぞり返る。
右腕をもがれた老人、尿を漏らしている奴隷娘達、怪我はしていなくとも明らかに憔悴しているルルとミーナ。そして死にかけてボロきれのようになっているバルパ。
「あんな人造勇者ごときに負けてるようじゃ、お先真っ暗だぜ」
「……」
俯せに倒れこんだバルパにはもう、言葉を発する気力すら残ってはいなかった。脳内で放った抗議の言葉は、全く震えぬ発声器官により声になることなく終わってしまう。
彼の様子をもう一度だけ見直してから、ヴァンスは彼らを痛め付けたであろう少年の方を向いた。
「前時代の英雄……僕をそんな風に呼ぶと、後悔することになるよ?」
「はぁ~? 雑魚で人非人の勇者モドキちゃんはお家に帰って聖母のおっぱいでもちゅーちゅーしてたらどうでちゅか~? バブバブバー」
口をすぼめて明らかに相手をバカにした態度を見て、その白い肌が上気して赤くなった。
「後悔してもしらないからねこの、前時代の英雄ごときが……」
「ほい隙有り。悪いけどおじさん、盗みとか許せないのよね。盗みをしていいのは世界でたった一人、ヴァンス様だけだと相場が決まってる」
ヴァンスは一瞬消えたかと思うと、次の瞬間には元居た場所に現れる。そしてその手には、赤茶けた錆の浮く剣が握られている。少年が何をされたのかを理解しぶちギレた瞬間、バルパの全身を緑色の光が包むこむ。至るところに出来た傷が塞がっていき、ピクリとも動かなかった体が、少しだけならば動けるほどにまで回復していく。
「返せっ‼」
「返すも何も、これお前のじゃねぇし」
少年がヴァンスの後ろに立つ、そして取り出した黒剣で彼の腹部へ突きを放つ。ヴァンスは当たる直前に超速で移動し、少年の背後を取った。
「ぬぅんっ‼」
「がぁっ⁉」
右手に持った聖剣による斬撃ではなく、左の握り拳による拳打が炸裂する。少年はボールのようにバウンドしながら吹っ飛んでいく。ヴァンスは左手を眉のあたりに水平にして置き、敵が飛んでいくのを観測している。
「おーおー、跳ねる跳ねる」
まるで川で水切りをしているような無邪気な笑みを浮かべながら、がはがはと下品に笑う彼の後ろに、なんとか立ち上がることの出来たバルパがやって来た。
「つぅか、ゴブリンだったのな。おりゃもうちょいヤバいのを想像してたから、ちょっち拍子抜け」
「……すまなかった、折角貰ったものを、こんなに早く使うことになってしまって」
魔物の領域から一度戻ってきたバルパへヴァンスが与えた水晶球の破片が、彼らの足元に散らばっていた。ヴァンスに危急の連絡を告げられるその使い捨ての魔法の品を、バルパは初撃を貰った段階で使用していた。
途中からは本気の戦いになったが、舌戦で時間稼ぎをしたり、戦いの最中細かく空中戦を挟み時間を稼いでいたのは、彼の到着を待つという理由があったのである。
もう間に合わないと思い半ば諦めていたのだが、狙っているのではないかというほど絶好のタイミングで彼はやって来てくれた。
自分の正体すら告げぬまま、自分などのために時間を割いてもらったことが情けなく、そして申し訳ない。バルパの気持ちは助かったことへの安堵ではなく、助けられてしまった不甲斐なさで一杯だった。
そんな彼の髪の生えていない頭部を、ヴァンスはバシンと叩いた。
「そうだぞおめぇ、いきなり呼び出しやがって‼ 貰って速攻使うバカがいるか‼」
遠くへ飛んでいった少年を見据えながら、ヴァンスは腰につけた収納箱へ触れる。
「良い教訓になっただろ?」
「……ああ」
「辛気くせぇ顔すんなよ、ゴブリンフェイスでそれやられるとマジキショい‼」
顔をしかめるバルパの頭を、ヴァンスがぶん殴った。なんとか立っていた彼は再び平衡感覚を失い、地面に横たわる。
「失敗したなら、次に活かしゃあいい。それにな……」
聖剣をバルパの背中の上に放り投げてから、右手で鼻を擦った。彼は空を見上げ、まるで何かを思い出すかのように遠くを見つめる。
「護れねぇことがあっから…………護りたいって、そう思えるんだぜ」
少年が起き上がり、敵意をむき出しにして剣を掲げる。消えていた黒色の魔力が再び彼を覆い尽くし、世界から彼の周りだけを浮かせる。
ヴァンスはつまらないものを見るような目をしてから、小さくため息を吐いた。
「弟子の尻拭いをするのも、師匠の役目ってやつだ。次はねぇからな」
「ああ……ありがとう」
ヴァンスはコキコキと首を鳴らしてから、手に持った収納箱を思いきり握り潰した。
「悪ぃなクソガキ、ちっとばかし……本気で行くぜ?」
収納箱が壊れ、中から新たな収納箱が飛び出してくる。飛び出した収納箱も既に壊れており、更に新たな収納箱を放り出す。そして最後の袋達がが弾けると、大量の剣が噴き出した。
短剣が、長剣が、双剣が。刀が、シミターが、大剣が視界を埋め尽くし、ひとりでに動き出す。
「弟子を痛めたバカ野郎には……お仕置きをしてやらなくちゃな?」
宙に剣を躍らせながら、ヴァンスはニヤリと不敵に笑った。




