ドラゴン 3
バルパが短剣を投げる、そして赤と青のツートンカラーの剣が耳の近くの肉を抉ってもドラゴンは速度を下げることなくバルパに噛みつき攻撃を行った。バルパが魔力を足にこめ一気に後退する。するとそこにドラゴンの数えるものバカらしくなるほど大量の魔撃がやって来る。それの対処に追われ盾を上に下にと動かしているゴブリンの強化された聴覚にドラゴンが大きく息を吸う音を捉えた。
被弾を気にしている余裕はもはや今の彼にはない、魔撃の直撃をモロに食らいながら必死になってスレイブニルの靴を起動させる。一歩、二歩、三歩。空を駆けドラゴンの口の動きを追尾してこちらを襲ってくる魔撃の隙間から覗きこむ。
ドラゴンはバルパが宙に逃げることも理解していたのか、宙にも地面にも放てるような微妙な角度に首を傾けながらブレスを放つための準備を整えていた。
ブレスは扇状に噴射されるため、前進しながらその射程の逆へと動けば避けることは可能である。予備動作も大きく、速度もさほど高いわけでもなく、すぐに気づいて体を動かしてしまえば容易に避けることが出来るほどのものでしかない。
だがそれはブレスという攻撃を単体で見たときの話、数百という規模で放たれる追尾式の竜言語魔法で避けるだけのモーションを取らせないようにすればその弱点も消える。
今ドラゴンは弱っている、それは間違いがない。だが弱っていて、その強力さの源たる竜言語魔法を弱体化させてもなお自分をまったく寄せ付けないだけの強さがある。
魔法の威力が弱っているといっても、数百も同時行使される攻撃の一つ一つがバルパの放つ魔撃を上回っている。
だが圧倒的劣性な状況下にあってもバルパの心は揺らがない。自分が敵わないとわかってしまう相手であっても無敵ではない。どんな生き物も完璧ではない。そんな当たり前を、彼は心に刻んでいるのだから。
「…………」
極限まで魔力を回復させては魔力回復のポーションを飲み、全身をボロボロにしては新しい魔法の品の鎧を取り出し、そしてその度に傷ついてはポーションを飲み、噛み砕いた。
地面には既に幾度ものブレスと竜言語魔法により燃やされ炭と課している彼の元装備の数々が累々と積み重なっており、激戦の後を残している。
再びドラゴンのブレスが彼を襲う、もはや痛みという感覚を通り越しているバルパは魔撃を敢えて急所を外して自分に当ててしまうという新たに身に付けた技能を使いながらブレスの射程圏外である前方目掛けて走った。ブレス攻撃が終わった直後、彼を背中から襲おうとする竜言語魔法と彼を前方から襲おうとするドラゴンの両撃を捌くために更に前に出る。剣を袋へしまい、デコイとなるただただ硬い石と木材を背に展開し背撃をやり過ごす。
目の前で爪を振るう異形の化け物の防御無視の一撃を、バルパは紙一重でかわした。風圧で胸が避け、都合十五個目の魔法の品の鎧が使い物にならなくなる。
直ぐ様古い鎧を収納し、新たな鎧を体に展開する。そして後退、残る数発の竜言語魔法を右手に持つ虹色のレイピアで刺し貫いた。
再び一瞬の膠着、そしてドラゴンは無尽蔵に近い魔力を使って再び大量の炎の光線を生み出していく。
両者とも千日手に近いということは理解していた。そして両者とも膠着状態が続けば有利になるのは自分であると考えていた。
ドラゴンは相手の持つ自らの攻撃を防ぐ手だてにも流石に物量という限界があることを知っていたが故に。そしてバルパは自らが放った策が成すのを待っていれば、勝利の女神が自分のところに転がり込んでくることがわかっていたために。
邂逅の直後のやり取りと比べれば、両者とも攻める意識に欠けている節が見られた。だがそれは相手を舐めているからではなく、相手を自らがその力を振るい戦うに足る好敵手であると認めているからである。
お互いが相手の土俵に立ってリスクを背負い、分の悪い賭けを強制させられることよりも機を待ち、自らのテリトリーに相手を引きずり込み勝利を手に入れようとしていた。
下手をすれば卑怯、ともとられない二体のモンスターの攻防は、ドラゴンが相手の戦力を分析した所から動き始める。
ドラゴンは自らの行使する魔法の種類を変え、相手の消耗がどうすれば最も大きくなるかを考えていた。そして幾度かの思考の末にやはり風魔法を混ぜた複数種類の魔法が最も良いことを理解した。
目の前の男の持つ盾は風属性の攻撃を吸い取る効果がある。本来なら風の属性を混ぜるのは悪手だ。しかし他の属性だけで利用した場合、速度が最も早い風の魔法よりはその速さで劣ってしまうためにその攻撃のほとんどを避けられるか、他の物を当てて誘爆されてしまう。故にその何割かを吸収させてしまおうとも風魔法を混ぜることはドラゴンにとって当然の選択だった。
目の前の男はそれほど強くない、だが彼の持つ物の強さは脅威的であり、そして魅力的だった。
ドラゴンというものは元来光り物、それも特に魔力を帯びたものを好む性質がある。彼のドラゴンもまたその例に漏れず、巣には今まで人間が持ってきた魔法の品の数々が貯蔵されていた。
目の前の人間はそんな価値のあるものを大量に持ち、そして右の腰につけた袋に入れている。その袋自体も魔法の品だ、ドラゴンはその全てを手に入れたいと考えた。
だからこそレッドカーディナルドラゴンは実はブレスの威力を弱めて撃っていた。それに魔撃も彼の腰の袋にだけは引火しないように攻撃を当てる場所をなるたけ左半身に集中させている。
決して屈さず何度も何度も回復しては立ち上がる目の前の生き物がゴブリンであることは理解していた、そしてゴブリンが持つに見合わぬ高邁な精神を持っていることも、また。
ドラゴンとしては油断をする気は毛頭なかった。あの精神力と自らを傷つけるだけの高い価値のある魔法の品、下手に舐めてかかれば自分の命すら危うい。それをドラゴンはしっかりと認識している。
だがドラゴンは、魔法の品の大量に入っている袋ごとゴブリンを焼ききろうとはしなかった。相手のことを認めることと、その相手が自らを殺すかだけの実力があるかどうかを認めることとはまた別の話である。
自分自身全力を出したことなど実際一度もなく、おそらくそんなことをして相手を殺しきれなければ手痛い反撃を食らうことになるだろう。下手にリスクを冒すより、あのゴブリンの心を折り、精神を屈服させる方が確実性は高いとドラゴンは考えたのである。魔物という生き物には本能で自らよりも強いものに屈服する性質を持っている。強さこそがすべてである魔物ならば、幾度か抵抗をした後に敵わないと悟ればすぐに屈するだろう。
ああ、それにしてもあの袋には魔法の品がいったいどれだけ入っているのだろう。魔法の品がまるで以前やって来た人間のように表れる。その自分にとって価値のある品々を、人間のように焼きつくしてしまうのは心が痛んだが、仕方のないことと割りきった。目の前のゴブリンが自らの実力と彼我の実力差をしっかりと認識すればそれが自分のものになるのだと、そう疑っていなかったが故に。
 




