表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第四章 天使の羽を踏まないで
277/388

起死に至りて

「その剣は……その剣は、僕の物だっ‼」

「……悪いが、譲る気はないな」

「魔物風情が……その剣にっ‼ 触れるなッ‼」


 少年が一瞬の後に消え、再び自分の死角に位置する場所へと現れる。さっきまでは魔力感知で相手の動きを知っていても、自分の身体能力の問題でそれに対処することは不可能だった。

 だが、今は違う。

 バルパは少年が力任せに振り抜いた黒剣に、思いきり聖剣を叩き込んだ。相手の持つ剣の魔力はあまりに禍々しい。見違えるはずもないほどに、強大で凶悪な魔法の武具だ。

 互いに火花を散らし、剣が弾き合う。しかし今度優勢になっているのは、バルパの方だ。膂力、速度、共にバルパに軍配が上がる。


「ぐぅっ⁉」


 自分の攻撃が、初めて相手の顔色を変えた。

 狙う場所はここ、短期決戦でカタを付ける。


「ガアアアアアアァァッ‼」

 

 彼の全身を覆うは紫電、自らの知覚を超えた速度を迅雷による身体操作の適正化により完全に掌握する。

 咆哮と共に前に出る、バルパの一撃の威力を見誤り後ろに飛んだ敵目掛けて全力で疾る。

 紫電が不規則な音を立てながら破裂し、炸裂する。雷を帯電させるバルパの全身を覆うように、雷の輪が現れては消えていく。

 彼の身体に沿って発生している雷を、彼の周りの空気ごと覆うかのように、白銀色の魔力が包み込む。

 全身が軽くなり、どこからか力が湧いてくる。全身を駆け巡る魔力が、あるはずのない活力を強引に引き出してくれる。

 突き穿ち、断ち切り、切り刻む。

 斬撃が、刺突が、普段のバルパならば視認不可能なほどの速度で放たれ続ける。


「その、その剣を…………よこせぇえええええ‼」


 叫び声を上げながら鬼気迫る顔で応戦してくる少年には応えず、ただひたすら自分に出来る攻撃を放ち続ける。

 振り下ろしからの逆袈裟、横凪ぎからキック、空中を蹴ってから強引に再度の横凪ぎ。地面だけでなく空までを踏み鳴らし、上下左右の区別なくあらゆる場所から攻撃を続ける。

 少年の頬がパックリと裂け、中の蠢く肉が見える。深く切り裂いた腕からは、血と筋肉で赤くコーティングしている骨が見え始めた。

 相手の回復量を攻撃の密度が上回り始めたのだ。

 バルパの身体能力が、攻撃に対応するための処理速度が、防御のための身体の動かし方が、応酬の度に増していく。

 突きは鋭さを増し、切り返しの速度は早くなり、目は高速戦闘へと慣れていく。

 身体は不思議なほどに軽い、軽すぎて全身から血という血が流れ終えてしまったかのようだ。

 後のこと、自分の命のことさえ考えなければ、戦局は終始バルパに有利に展開していた。

 少年の攻撃は聖剣が目覚めてからは明らかに精細を欠いている、この剣は彼にとり強い感情を呼び起こすものであるらしい。

 それ自体は構わない、相手が冷静さを無くしてくれるのならば、身体は熱しても心は冷静である自分が有利でいられる。

 ただ一つ気がかりなのは、少年が傷を負おうとも何をされようともバルパを見ていないということだった。彼は聖剣を見つめ続けたまま、顔をドンドンと憎々しげに歪めている。

 そしてバルパは彼が未だ、何かしらの奥の手を隠していることを真剣勝負の中で察していた。冷静さを欠いてくれているおかげでそこまで思考が及んでいないのか、それとも何か高い代償を必要とするようなものなのかはわからない。だが彼にはこのまま戦闘が続き、自分の勝利に終わるとは到底思えなかった。

 展開に思考を割いて戦局と体力の温存について考えることが出来るだけの余裕が、バルパには出来はじめていた。対する少年はと言うと、彼とは全くの正反対だ。


「ふざけるな、ふざけるなよ、おかしいじゃないか。どうして僕じゃない。僕じゃなくちゃダメだろう、僕じゃなくちゃおかしいだろう。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁっ‼」


 まるで何かの呪いに突き動かされるかのように、意味をなしていないまま言葉を連呼しながらただひたすらに聖剣を見続けている。時折彼は、傷つくことも厭わずに空いている左手で聖剣の刃を握ろうとしてくるのだ。

 その狂気すら感じる執着を利用し、バルパは先ほど同様わざと聖剣をちらつかせて相手の視線を誘導する。そして相手の視線が右に逸れたところで思いきり左足を下げてタメを作り、思いきり回し蹴りを叩き込んだ。


「ごぱっ‼」


 口から血を吹き出しながら空気が抜けたせいで、粘質な音が少年の口から溢れる。

 態勢を崩しながら少年が吹っ飛ぶ、今の一撃で彼の脇腹の骨を何本か持っていった感触が有った。喀血したのは間違いなく臓器へのダメージが通っている証拠だ。

 自らの敵が吐血したその直後、バルパは思いきり咳き込んだ。


「が……ゴポッ」


 呼気に混じって、少年が出していたものに倍するほどの血液が流れ出す。

 バルパは今自分が生きていることが奇跡のように感じていた。

 どう考えても自分の失血は致死量を超えている。正直なところ、いつ死んでもおかしくない。

(だからこそここで……畳み掛けるっ‼)


 今までで最も大きな隙が出来たこの瞬間、自分に放てるだけの最大の一撃を放つ。ここで確実に相手を仕留める、よしんば出来なくともまともな継戦能力がなくなるだけの痛打を与えてみせる。

 バルパは轟雷を限界を超えて起動させ始めた。自らの魔力を、聖剣の魔力によって加速させる。身体が許容する速度を超え、傷口という傷口から魔力と血液を漏れ出させながら、これ以降のことなど置き去って、今この瞬間の一撃のために自分のありったけを使い尽くす。


「これでっ、最後だっ‼」


 バルパは聖剣を見つめている少年がこちらを向いたまま吹っ飛んでいる姿を一瞬のうちに細部まで観察し、致命の一撃を与え得る点を見つけ出した。

 左半身、胸部少し下。狙うは心臓、最悪でも肺の片方を潰す。彼は狙いを絞り、敢えて彼の顔を見据えながら全身を躍動させた。

 関節が軋み、出血は止めどなく、視界はぼやけ始めている。魔力は全身から漏れ始め、最後の輝きを放つかのように体内を異常な速度で魔力が循環し続けている。

 バルパは指呼の距離にまで近づき、敢えて彼の顔を見た。視線により脳を狙っているというフェイントをかけようとした結果の行動だったが、そのおかげでバルパは目の前の敵の様子が変わったことをはっきりと認識する。

 少年は今、聖剣でなく自分をはっきりと見つめていた。

 その変化は確実に、自分にとって良いものではない。

 

(間に合うか……? ……いや、多少強引にでも間に合わせるっ‼)


 限界を超えた更にその先、刹那の超克を願うバルパに、世界が遅れ始めた。

 まるで彼だけが唯一世界を取り残しているかのように、周囲の動きが遅くなる。

 それがなんなのかはわからない、ただ今は、一撃の威力が上がったことがたまらなく嬉しかった。

 命を削る戦いだからこそ、血で血を洗う激戦だからこそ、どうしようもなく心が震える、魂が叫ぶ。

 もっと、もっとだ。

 足りない、まだまだ足りない。

 自分の身体に鞭を打ち、聖剣以外の全てを置き去りにしながら、彼は引くこともなく、速度と腕力と、思いを乗せて一撃を放った。

 それは刺突、少年が放ってきたこの攻撃を選択したことは、自分のことをずっと見ようとしなかった彼への意趣返しのようなものかもしれない。

 

 バルパの一撃は少年の胸を穿つ…………ことはなかった。なぜならばバルパの最高速度で放たれたその一撃は、少年の黒剣による刺突によりその威力を完全に殺されてしまっていたからだ。


「……そうだね、僕としたことが、少しばかり焦りすぎていた。目の前に人参をぶら下げられた馬って言うんだっけ、こういうの」


 少年の様子は、先ほどまでとは明らかに異なっていた。

 彼の全身は、黒い魔力で覆われている。世界を覆い尽くす闇よりも昏い黒が、少年の身体をヴェールのように包み込んでいる。

 聖剣のそれと、似ている。発される剣呑さも、醸し出される雰囲気も何もかもが正反対にもかかわらず、バルパは魔力の出所である黒剣と自らの聖剣との間にあるなにかを、確かに感じ取っていた。

 だがもっとも大きな違いは、黒い魔力でも、黒剣の発する禍々しい何かでもない。それは少年が今しっかりと、バルパを敵として認めたという点だ。


「……本当は使いたくないんだよ、これ。だけど使う。だって僕は君に、今の聖剣の持ち主である君に勝って、剣に認めてもらわなくちゃいけないから」


 正直なところ、バルパは立っているのがやっとな状態だった。

 そんな彼の様子を知った上で、少年は今全力を出そうとしている。

 バルパは死の危険を感じているにもかかわらず、少年が自分を好敵手として認めてくれていることが嬉しいという、矛盾した感情を覚えていた。

 少年は小さく息を吸い、目を閉じる。

 そしてゆっくりと瞼を開き、はっきりとした声で口にした。


魔剣、奉刀(エティル・ノーム)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ