天使に触れて
「いらっしゃいませー‼ うっわー、可愛い彼女さんですねぇ。羨ましいなぁこのこのっ‼」
「……」
魔法の品のアクセサリーショップに入ると同時、店員がバルパに変な絡み方をしてきた。閉口するバルパに対し、若い女店員は今の流行りは畝付きのイヤリングだとか、魔力の入った宝石なら値段を上げてもファイア入りの方が見映えがよいといった参考になるのかならないのかよくわからないアドバイスを矢継ぎ早に出してきた。
とりあえず右から左へ聞き流してわかったとかうんうんとか適当に相槌を打つと、満足したのか店員は店の隅の方へ消えていった。
「満足したんじゃなくて、話を聞いてくれないのを理解しただけだと思いますよ」
「……そうか」
口に出したわけでもないのに心を読まれていたことを若干苦々しく思いながら、彼は店内を回ることにした。
内装はどんな工夫をしたのかかなり明るい色合いになっていて、いくつもある明かりのせいでまるで今が夏真っ盛りの昼間かと勘違いするほどだった。
流石にあのうるさい女店員一人だけだと盗難が怖いからか、店の所々に後ろ手を組んでいる男達の姿が見えていた。普通の布の服だが、佇まいから一般人でないことは容易に読み取れる。冒険者のようなどことなく野卑た気配がないことから考えると、警備用に人材育成でもしているのかもしれない。魔法の品は一律ガラスのケースに入っていて、店員に頼まなければ試着も出来ないようになっている。リンプフェルトではガラスがかなりの高級品だったことを考えると、バルパは魔物の領域の豊かさというものを感じずにはいられなかった。
普段は三歩後ろをついてくるレイも今日は二人ということもあってか、彼の隣で歩調を合わせてゆっくりと歩いている。バルパは適当に品を指差し、彼女の方を向いた。
「これなんかどうだ」
「え、ちょっと高いですし。こっちの青いので良いですよ」
「いや、こっちにしておけ。おい女、これをくれ」
「はいはーい、ちょっとお待ちを」
「もう……強引なんですから」
とりあえず魔力保有量の多い順、そして機能が優れているもの順に見て適宜購入していく彼のことを、レイは利かん坊の子供を見るような優しい瞳で見つめていた。
二人は別にオシャレなわけでも、最新のトレンドを知っているわけでもない。
だが特に必要もない物を買ったり、ちょっぴり高価な物を奮発して買ってみたりするのは、バルパにとって中々どうして楽しいものだった。
彼は戦うことが好きで、強くならねばいけないと常々考えている。
だがたまに、ごくたまにであればこんな風に理由もなく買い物をするというのも、あまり悪くない。
そう思いながら買い物を終えた時、最初は十枚あったはずの聖貨は、残り六枚にまでその数を減らしていた。
買ったのは高いだけで効果のわからない謎のアクセサリーを幾つか、効果を教えてもらえた物を数点。鑑定を使うのはマナー違反であることは前の店でしっかりと学んでいたため、彼は都度店員に聞いてその効果を教えてもらっていた。説明をする度にいらんおしゃべりを付け加えてくる店員は面倒なことこの上なかったが、こういう客商売の店では店員が喋りすぎるくらいで丁度良いというレイの言葉を聞いてそんなもんかと納得して我慢した。
昼御飯を食べてからそれほど時間は経過していない。夕飯を食べるには早すぎるから、小腹を満たすのが良いだろう。
そう考えたバルパは甘味の食べられる店の並ぶ通りへと出たが、軒先に並んでいる商品にはどうにも食指が突き動かされなかった。
逐次隣のレイを見て顔色を窺っていると、どうもレイも自分と似たような状態だった。
二人は街の中央部にある広場の丸太に腰かけて、とりあえず一休みすることにした。
「どうにも……あれを食べようとは思えないな」
「贅沢な悩みですけど……私も似たような感じです」
本当に悩ましいとでも言いたげな憂いを秘めた顔つきで、自分の頬に手を当てるレイ。彼女とバルパの共有している問題は実に単純だ。
無限収納に入っている甘味が、美味すぎるのだ。そのせいでバルパも、そしてレイも舌が肥え、派手な見た目に慣れ、出店や店頭で出ている焼き菓子や練り菓子では少しばかり物足りなく感じるようになってきているのである。
「私……戻ってから自分の舌が元に戻るか、不安です」
「問題ない、最初にゴブリンの肉を食えばあとはどんな物でも極上の美味になる」
「……それ、自分で言ってて何か思うところとかありませんか?」
「別に」
遠く、草の生えた広間をまだ年若い子供達が無邪気に駆け回っている。二人はそれを見たまま、会話を続けた。
「ありがとう、ございます。気とか遣わせちゃって、すいません。あと、お金も」
「どうでもいい、そんなことは」
バルパが目を動かし、レイの横顔をそっと見た。
年端もいかぬはずの天使族の少女は、元気一杯にはしゃいでいる子供達を、懐かしいものを見るような目で見つめていた。
彼女の目には、一体何が映っているのだろう。少なくともその憂いを帯びた表情は、レイのような美少女が浮かべるには、少しばかり儚すぎるものに思えた。
「生き物というのは……生きているんだ」
「それは……当たり前じゃないですか?」
「そうだ、当たり前だ。そして生きている以上、いつかは必ず死ぬ」
バルパは死にたくないと常に思っている。だが彼も、もっと言えばヴァンスであっても、いずれは死ぬ。生がある以上死があるのは、当たり前で、不可逆で、絶対に変わらぬ不変の真理だ。
「つまり生き物は生き物であるというだけで、別れを強制させられるわけだ」
「それは……そうですね」
「仮りにお前やピリリが俺達と別れないままだったとしても、いずれは別れることになる。出会いがあれば、必ず別れがある。だからこれは、別れが早いか遅いかという、ただそれだけの話でしかない」
一度ピリリのところに顔を出そう、彼は話をしている最中にそんなことを考えた。
「別れるから、別れるまでが楽しい。生とはきっと、そういうことの積み重ねで出来ているのだと……俺はそう思う」
バルパは顔を前に向け、一人の少女が泣いているのを発見した。どうやら走っている最中転んでしまったらしく、その膝が赤く擦りむけてしまっている。
「そう、ですね」
レイが立ち上がり、一歩進んでからくるりと後ろを振り返った。バルパはジッと彼女を見つめ返す、するとレイの頬に、小さな笑窪が出来た。
彼女の左右対称の顔が歪む、だがその笑みは、憂い顔よりよほど望ましい。バルパは彼女が取ろうとしている行動を予想し、すっくと立ち上がった。
「それじゃあバルパさん。新しい出会いを、二人でしにいきましょう?」
「ああ、勿論だ」
二人は小走りになりながら、わんわんと泣いている少女の元へと向かっていった。
少女と別れることになる夕暮れの訪れの瞬間まで、二人は少女とその回りにいた子供達と一緒に泥まみれになって遊んだ。




