魔法の品
酒を一滴も入れずに摂ったにしては随分上機嫌に食事を終えた二人は、店を出てからグッと背を伸ばす。
人の騒々しさの中に身を浸すのは、疲れもするがどこか楽しくもある。感情というものは、声によって他人へと伝播するのかもしれないと、バルパは青い空を見ながら考えた。
「次は、どこへ連れていってくれるんですか?」
「決まっている、武器屋だ」
「あの……あのおじいさんの言葉をあまり真に受けないようにしてくださいね」
「あの老人の言葉はきっかけであって、今からするのは純粋な俺の好意だ」
本当ならば無限収納に入っている魔法の品を渡した方が防御力も攻撃力も上がるだろう。だがバルパは貰い物ではなく、彼が自分で稼いだ金で装備を整えさせようと思った。
それは本当の意味での思いやりとは少し違う、好意やプライド等がごたまぜになった複雑な意図を含む考えだ。
自分で稼いだ金で、自分で手に入れた物で彼女に何かを買ってやりたい、彼はただそう思ったのだ。
とりあえず今はスウィフトから前借りして、大量に死蔵されているドラゴンの素材を売って金に変えよう。
腹ごなしをしようとだけ言い、ゆっくり歩きながら自分が目星をつけていた魔導雑貨店へと向かう。
「らっしゃーい」
やる気のなさそうな若い店員は、お客さんである彼らに愛想を振り撒く様子もない。だが下手なおべっかを使われるより、その方がバルパにとっては気分が良かった。
魔導雑貨店とは魔法の品を取り揃えている雑貨屋のことだ、雑という字に違わぬ実に雑多な品々が壁にたてかけられたり、テーブルの上に乗っけられたりして陳列されている。
魔力感知を発動させて品定めをしようとすると、幾つか魔力を感じられないものが存在することに気付く。
「魔法の品を売る店で、魔力のない物を売っても許される物なんだな」
「はいはいお客さん、鑑定使うのはマナー違反だから厳重注意だよ」
受付の気だるげな女性が、こもっているのに耳に残る妙な声音でそう忠告する。彼は大して気にした様子もなく、壁に立て掛けられている仮面のような物に親指を向けた。
「この品には魔力がない。これを魔法の品と言って売るのは、よくないんじゃないか?」
「……はぁ」
何を言っているんだこいつは、という目で見た店員がすぐ横にいるレイの方を向く。
「おい彼女さん、ダメだよ男の手綱手放したら。あんたが管理してやらないと」
「ええっと……はい、すいません」
謝るレイにそんなことせんでいいとだけ伝えてから、少しだけ店員を睨む。
よくわからないが謝るようなことをしたつもりは彼にはなかったからだ。
だが手振りもつけて驚き、小さく声をあげる彼女のことを見て、バルパは昔ミーナが言っていたとある言葉を思い出していた。
他人の物に鑑定を使うのは、あまりよろしくないと彼女は言っていた。自分が使ったのは魔力感知だが、それとて大差はない。きっと他人からすれば魔力の有無を確認したり、その大小を確かめることはあまり気分のよいものではないだろう。
「すまなかった」
悪いのは自分だということがわかったので素直に謝ると、店員の調子は元に戻る。緊張の後に緩和が来たために気が弛んだのか、彼女はバルパが気になっていた情報について色々と教えてくれた。それはバルパも以前から気になっていた魔法の品についてのことだ。
魔法の品には魔力がある。だがこの品々は生きて内側から魔力を産み出している訳ではない。だとすれば一体、どこから魔力を手に入れて貯蔵しているのだろうか。
その答えは簡単で、あまり参考にならないものだった。
「結局の所、魔法の品次第さ。良いものなら自分であたりから魔力を吸うし、使用者から吸うものもあるし、自分で魔力を産み出す有史以前の魔法の品なんてもんもある」
その解は千差万別、魔法の品の種類は異常なほどに多いというなんとも微妙なものであった。
使いきりタイプで一度魔力を使用してしまえば二度と使えなくなるものが一番多く、何度も使えるようなタイプになるにつれ価値は高まり、稀少価値も上がっていくのだという。着込んでいる潮騒静夜、常に首につけている翻訳の魔法の品の潮騒、そしてボロ剣に無限収納。少なくとも彼が長時間身に付けているものに、経年による劣化は見られない。それは自分の装備の価値を、間接的に示しているように思えた。
使いきりタイプ以外にも魔力を溜める専用のパーツを変えれば何度でも使える魔電池式、自ら魔力を生み出せる魔導有産式、小さな魔力を増幅させる魔力増幅回路の組み込まれた物等実に多様なものがあるらしい。
そしてバルパが気になっていた魔力のない物は、これらのうち既に魔力がなくなったものや、改めて別の品を買わねば機能しなくなるような物であることが判明する。
「使えない物を売るなど、正気の沙汰じゃないな」
「目利きの出来ない奴っていうのはああいう如何にもな品をそこそこの高値で買ってくれるんだ」
あこぎな商売だとは思ったが、彼はそれを完全に否定することをする気はなかった。皆生きるためにならどんな手だって使う、それが生き物というものだ。
だがバルパはそんな店の事情など知ったことではないので、適度に物色しながら魔力の強い物を調べていく。
一応見られていることも考えて、鑑定は使わず魔力感知だけで探し物をすることにした。
「これなんかはどうだ?」
バルパが貴重なガラスのショーケースの中に入った一枚の羽根を指差した、彼が知覚した中で一番魔力含有量の多い物体だ。
「わぁ、綺麗ですね」
店員に聞いてみると、なんでもそれは王都のオークションで落としてきた呪いを落とす聖遺物らしい。
貨幣が暴落しても聖遺物の価値は下がらないからと、貯金感覚で店に置いているらしい。
値段は聖貨一枚、こんなボロい店に置くには高すぎる値段設定だ。恐らくはかなりふっかけているのだろう。
だが彼の見立てでは、その魔法の品には聖貨などよりもよほど価値のあるものに思えた。
未だその能力もほとんどが解明されていない聖遺物、見た目もさほど悪くない。
「これを買おう」
「……聖貨一枚半だよ」
「こら、さっき一枚って言ってただろうが」
足元を見てこようとした店員に聖貨を叩きつけ、ガラスの下の羽根を手に取り、そのままレイに渡す。
少し考えてみてわかったのだが、彼はレイの装備をここで整えようとする必要は、実はあまりないのだ。
レイの実家に装備一式に事足りるだけのドラゴン素材を渡し、革鎧なり鱗鎧なりを作ってもらえば、店で買うよりもよほど上等な装備が出来るのだから。彼女の故郷に革職人がいるかという懸念はあったため、本当ならこちらで作ってから向かいたい所ではあった。だがもし加工が不可能だったとしても、エーメに金を渡しておけばその辺の渡りはつけてもらえるだろう。
レイはそれを恭しく受け取り、内ポケットにしまいこんだ。彼女に聖魔法の素養はないだろうが、聖遺物がもしものときに彼女を助けてくれるくらいのことは期待してもバチは当たるまい。
これで残るは聖貨九枚弱、次に目指すのは魔法の品のアクセサリーショップだ。
彼女の指先から胸にまでゴテゴテとした品々をつけてやろう。そんな風に考えていたバルパは、目敏く邪念を察知したレイに控えめに頭を叩かれた。




