喧騒の中で
食事をする際、どういうわけかレイの姿は見えなかった。どういう理由かと聞いてみても、皆は答えを濁すだけでその返答はどうにも的を得ない。
バルパはまともな答えが返ってこないことに違和感を感じながら、一人で待ち合わせの場所へと向かった。
その格好はいつものように潮騒静夜を着込み腰の右側に聖剣と無限収納、左側にカモフラージュ用の収納箱という装いで、飾り気などというものは皆無である。
だがあたりを見渡す限り、自分が浮いているような感覚はなかった。冒険者という職業が一般化しているこの世界では、物騒な格好にさしたる抵抗感や物珍しさなどない。
宿の近くにあったよくわからない魔物の銅像の近くで待っていると、数分の後に早歩きで自分目掛けて駆けてくるレイの姿が見えた。
ローブや鎧姿ではなく、寝巻きに使うような薄っぺらい装備は、防御力が低そうだ。
「心配するな、薄くても強い物が今日手に入るのだから」
「は、はぁ……ありがとう、ございます?」
首を傾げるレイの格好の良し悪しはよくわからなかったが、彼の経験上どう思おうと誉めておいた方が角がたたない。
「似合ってるぞ」
「無理して誉めなくてもいいですよ」
「そうか、じゃあ誉めない」
「そ、そこはお世辞じゃないよって言う場面じゃないだろうか」
「お前相手に今さら気遣いなどせんでいいだろ、さっさと行くぞ」
行き先も告げずに歩き出すバルパ、一応歩くペースがいつもより少しばかり遅いという点から察するに相手のことを考えてはいるのだが、その態度からは思いやりというものが非常に読み取り辛い。
「ふふ、そんなに急がなくてもいいですから」
だが少ない情報からしっかりと彼の内心を慮ることが出来るのが、レイという少女であった。
「そういえば今日は、どこへ行くんですか?」
「お前の装備を整える。だがその前に、行かねばならぬところがある」
「えっと、それは……」
「言わずともわかるだろう。もちろん…………」
「昼飯だ」
「ですよねぇ、ちょっと期待した自分が恥ずかしいです」
彼らが待ち合わせ場所から移動して向かったのは、少しだけ高級な大衆食堂である。
元貴族様お抱えの料理人が経営しているだけあって、持ち込みが可能で料理のバリエーションも多い。
その分値段が少し張るためにわざわざ来ようとは思わないのだが、今日に限ってはむしろ張った
「安心しろ、少なくとも本職にさせる料理はヴォーネの素朴なものとはレベルが違うはずだ。まぁあれはあれでアリだが、よそ行きの味もまたそれはそれで美味いからな」
「……それ、本人の前では言わないでね。こないだバルパさんに誉められたってすっごいはしゃいでたんですから」
「わかった……おい大将、とりあえずこいつを使って美味い料理を出してくれ。金は問わない。聖貨十枚までなら出す」
「こらこら、変なとこで横着してえげつない浪費をしようとしないでください」
立ち上がり持ち込みブースにいる男に声をかけるバルパ、レイが彼の言葉を優しく嗜める。
とりあえずいつものとばかりにドラゴン肉を乱雑に取り出してドカッとテーブルに乗せると、料理人の胡散臭そうなものを見る目がみるみる開いていった。瞳孔が開いているのではないかと錯覚するほど目を見開かせる彼の頬は、ヒクヒクと痙攣している。
「お、おい、こいつぁ一体……なんの肉だ?」
「安心しろ、ただのドラゴン肉だ」
「…………」
絶句する厳ついおっさん、バルパはそういえば巷ではドラゴン肉が高級品だったことに気付く。基本的に料理は自炊なことが多いせいで忘れかけている事実だ。
どうせなら気前良くいくか。
そう考え無限収納からありったけのドラゴン肉と香辛料を出す。
「今日は俺の奢りだっ‼ 食って飲んで金を浪費しろっ‼」
バルパが振り返り大声をあげると各所から歓声が上がる。レイは処置無しとばかりに小さく首を振るばかりで、何も言おうとはしなかった。
「これが……伝説の食材、ドラゴンの肉……圧倒的、圧倒的存在感だ……」
呆けたまま肉に頬擦りを始めようとした男の頭を叩き、正気に戻す。
「はっ、いかんいかん‼ 俺はこいつを、最高の逸品に仕立て上げなくちゃいかんのだ‼」
瞳に輝きを戻した彼は何度も厨房とカウンターを往き来しながら、食材を運んでいく。どうやらようやく調理を始めてくれるようだ。
二人は自分達の席に戻り、酒盛りを始めた男達の陽気な声とあたふたしながら店内を駆け回るウェイトレス達の嬉しい悲鳴に耳を傾けた。
「まぁこれで金貨数枚はいけるだろう」
「楽しむためにお金を使うんじゃなくて、お金を使うために楽しむんじゃ最早しない方がいいのでは……」
「確かに、そうかもしれんな」
礼を口にする男達に手を振ってからレイを見やるバルパ。
「昨日、ミーナ達と楽しんでは来たか?」
「ええ、はい……それはもう」
「そうか」
彼はそれとなく、昨日女子達がお別れ会に近いことをしていたらしいという情報を耳にしていた。その雰囲気が少しばかりウェッティだったということは、彼女のほんのり赤い白目を見ればわかる。
だからとりあえず自分は、彼女を喧騒の中に置いてやろうと、そう思ったのだ。
「お前も酒を飲むといい、気分がよくなるらしいぞ?」
「バルパさんが飲むならいいですよ?」
「苦くて戦闘能力が落ちるようなものを誰が飲むか」
「そんなものを人に薦めちゃダメですよ」
「それもそうか」
バルパは果実を搾って作ったジュースを運んでもらい、氷の魔撃で冷やした。
「別れと再会に、乾杯だ」
「はい、乾杯しましょう」
二人は派手に打ち鳴らしても壊れないような頑丈なジョッキを小さくコツンとぶつけ、飲み物に口をつけた。
ムードもへったくれもない喧騒の中、酒の一滴も入れていないにもかかわらず、二人の顔は酔い始めた周囲の男達などよりよほど、にこやかなものだった。




