やることとやらねばならぬこと
夕食を終え宿で横になり、そして朝が来た。
バルパは唯一の男なのでもちろん別部屋だ。彼はいざというときのために鎧を着込んだ状態で壁にもたれかかり、半分寝ながらぼうっとして途中まで時間を潰していただが時間が勿体ないことに気付き速度特化の身体強化、迅雷の習熟に時間を費やしていた。
彼の最近のトレーニングはこの迅雷の強化がメインだ。彼の中期的な目標は、纏武神鳴を使った状態で迅雷を発動させること。疾風迅雷と神鳴では速度で後者に軍配が上がるが、継戦能力には雲泥の差がある。とりあえず神鳴と迅雷の同時発動による新たな技を生み出し、自分にとって最速の、短期決戦用の技を覚えることこそが、とりあえずの目標であった。
纏武の同時発動や火、風、雷以外の各属性の纏武についてはまだ手が回っていない。
現状もし戦闘が行われるとしても、長丁場になる可能性はあまり高くない。自分が長期的に戦う必要性が生じるほどの大軍と戦うことは、滅多にないことだろう。それならば戦闘能力の維持や魔力の運用効率を気にかけるより、短期間でより強くなる方法を模索した方が良い。
聖剣により魔力的補助とのバリエーションも、未だ詳しくは試せてはいない。
以前強く輝いてからというもの、ボロ剣はうんともすんとも言わなくなっている。これを持っているだけである程度の聖魔法は使えるようになるのだが、以前のように剣を通じて魔力が増幅されていくような感覚を覚えることは、結局のところ一度もなかった。
聖属性の纏武は、現状では使用が不可能だった。なんとなくの感覚ではあるのだが、一度だけ発動したあの全身を覆う心地よい感覚がそれに近いのだと感じる。もう何度か使えば、コツを掴めるかもしれない。
バルパは何者にも屈さぬよう、そして自らの意志を最後まで貫けるように、ヴァンスクラスの相手とまともに戦う術を模索していた。
聖属性と雷属性の纏武に迅雷を重ね、そこに聖剣のブーストをかけながら身体強化をフルで使いつつ、魔撃を外部に取り置いて攻撃、補助、防御へと使い、纏武の種類を戦況に応じて変化させる。これがバルパが自分の目指すべき到達点と考えている戦い方であった。
もし仮にこの目標が実現したとするのなら、ヴァンスとであろうとある程度は戦えるだろうと彼は思っている。だが身体強化も纏武もブーストも、あくまでも自分の身体能力を乗算的に強化するものであり、やはり素のスペックを高めていかねば劇的な上昇は見込めない。
ヴァンスの体から発する魔力は、異常だ。狂っているし、まともに測ることはまだまだ出来そうにない。極限まで磨き抜かれた彼の肉体は、身体強化など使わずともバルパの全力を優に上回っている。戦闘勘も凄まじく、常に自分に弱体化の呪いを着けた状態にもかかわらず、あの力は圧倒的だ。
一体どれだけの戦いをこなし、どれだけの屍の上に立てばあれだけの境地に至れるのだろう。
いや、疑問に思うだけではいけない。
いずれ彼を超えるために、自分は真竜クラスの魔物と戦えるだけの実力を手に入れなくてはいけない。
そのためには迷宮の奥深くへ行くのが、やはり手っ取り早い。あのヴァンスに教えてもらった場所へ、早く行きたくてたまらない。
だがやらねばならぬこともあるわけだ。存在を強くする前に、存在意義を見失ってしまっては本末転倒なのだから。
昇る朝陽を見つめ、目をすがめながら彼は呟いた。
「今日は確か、レイと一緒に聖貨を十枚使うのだったな」
理由はわからないが、今日自分は彼女と一日時間を潰さねばならない。
金を使うということに対するバルパの感覚は、未だおかしいままである。
何度か出す機会こそあったものの、彼は結局聖貨をまともに使ったことはない。
何に使うかと考え、やはり魔法の品しかないだろうという結論に至った。
聖貨など所詮は金貨百枚、幾らでも稼げる。それならばとりあえずギリギリまで使い、旅立つ彼女の身の危険を減らすための一助としてやることにしよう。
この街に、魔法の品を売っている店はあるだろうか。
昨日ぶらぶらと歩いた時の記憶を参照にしながら、武器屋と防具屋、それから宝石店についての立地と店構えを思い出していく。
どこか武骨で不器用で、実利一辺倒なものではあるが、彼は彼なりに一生懸命、今日一日すべきことについて頭を捻らせた。
そして使った量がはっきりとわかるように金貨を収納箱に詰め終えると、丁度タイミングよく朝食の時間を告げるノックの音がなった。




