難しい
その後、特に話すこともなくなったネーメと別れを告げ、彼らは宿を探し始めた。わざわざ寝床を取らずとも良いとも思うのだが、女性陣が馬車以外の場所で寝たいと文句を言ってくるので彼女たちのしたいようにさせることにしているのである。
同じ場所で何日も寝泊まりをしていると飽きてくるものだというミーナの意見はバルパを除く全員による同意を受け彼ら一行の総意となってしまったのである。
寝床など殺されない場所なら何処でも良いバルパは、仕方無しに街を歩いていく。女性陣とは夕食時まで別行動ということになっていたので、彼としては手持ち無沙汰である。宿の選定も夕食のチョイスも決定権は彼女達にあるので、バルパはすることがなかった。
彼と行動を共にしているのは肩に乗るエルルだけである。ひょっとしたらまだ仲間になりたての彼女はあのかしまし娘達から浮いているのかもしれない。
夕方と夜の狭間、夜空と夕陽が同居する町並みを歩いていく。
町行く者達の肌の色は当たり前だが様々だ。
全身を緑色の皮膚な人間、首周りだけが鱗に覆われた亜人、真っ黒な亜人と思ったものはただ日焼けしているだけの漁師だったりしたのは少しばかり面白い。
往来を行く人々の顔色はそれほど悪くはない、というかむしろ良いと言った方が良いかもしれない。現状彼らが置かれている状態を考えると、少しばかり暢気に過ぎると感じるほどに明るい。
兵士が街中を闊歩していたり、険悪そうなムードが街中に蔓延していたりもしない。
だがやはり武器を持っているものがリンプフェルトと比べると多い。
そしてバルパが驚異的だと思ったのは、小さすぎる赤子や死にかけの老人を除けば、そのほとんどがかなりの魔力を持っていることだった。
リンプフェルトでは魔力を持たない者も多かった、あるとしても実戦に有用なレベルの量を持っている者はかなり少なかったと記憶している。
だが往来を行く人々、店を構え職を持つ亜人達、彼らはそのほとんどがかなりの魔力を持っている。いざというときになれば店をひっくり返し即席の防護施設に出来るような簡素な仕掛けも見受けられた。
街に住む全員が、いざというときの予備戦力のような役割を果たしているとバルパには推測出来た。そう考えれば見回りの衛兵が少なく、屯所のようなものがないことにも説明がつく。
彼がもう一つ不思議に思ったのは、こちら側の人間と海よりも深い溝の向こうに暮らす人間の差異だ。
魔物の領域に暮らしている人間は、どういう理屈かそのほとんどがある程度の魔力を持っている。対してリンプフェルトにいた人間達は見た目にはほとんど差異はないにもかかわらず、魔力の無いものが非常に多い。
それに向こう側の人間が魔物に強い敵意を持っているのに対し、こちら側の人間にはそのような嫌悪の感情が随分少なそうだ。
その原因はこの魔物の領域におけるなんらかの特定要因によるものなのか、それとも交配に原因があるのか。それがバルパには少しばかり気になった。
その理由の如何によっては、同様の処置を人間側で行うことが出来さえすれば両者の和解を行える強い後押しとなり得る。
彼はフラフラと同じ道を何度も歩きながら、道行く者達の顔を見た。
この街で、モランベルト全域で、人間と魔物は上手に付き合うことが出来ている。無論ピリリ達虫使い達のような例外はいるが、基本的には軋轢も壁も乗り越えて、彼らはしっかりと協力し合うことが出来ているように思える。
戦争というものの本当の意味を、彼は理解できてはいない。戦って強い者を決める、どちらかが強者を決めるということはわかっても、そこから始まる虐殺、民族浄化、経済封鎖、奴隷化の本当の意味を、自分は本当にわかっているとは言えない。
そこにはしなければならぬ理由があるのかもしれないし、或いはヴァンスを動かせるような偉い人間が気分の浮わつき一つで始めるものなのかもしれない。
バルパは自分が強いことを知っている。だが彼はそれと同じくらい、自分一人では出来ぬだけの大きな何かが世界にはたくさんあることも知っている。
強さとは正義なのだと思っていた、結果としてここまでこれたのだから、その考えは完全に間違いではないのだろう。
だが今のバルパには、それ以外の正義が、各々にとっての義があることをしっかりと認識している。
昔、まだ人と交わらぬ頃の自分であったのなら、ヴァンスあたりにコテンパンに叩きのめされたのなら大人しく彼に従っていただろう。
だが今彼は、たとえ依頼人がヴァンスであったとしても、あまりに不義なものであればその頼みを反故にするだろう。たとえそれで彼と敵対的な関係になるとしても、バルパにもまた譲れぬものがあるのだから。
強さが必要なのに、強さではままならぬものがある。強さに抗いたいと思う自分がいて、弱さゆえに虐げられていたウィリス達を救おうとする自分もいる。
自分の考えは矛盾に満ちている。未だ答えは出ない疑問を絶えず考えねばならぬほどに、思考は空転を続けてばかりだ。
だが少なくとも彼は、目の前の者達の笑顔が失われることを、正しいとは思わなかった。
彼らの側に立つと決めたわけではない。
ただもし、人間と魔物の争いが始まったのだとしたら、自分は彼らと敵対することは避けようと、そんな風に思った。
しんみりしながら足を止めていたバルパの肩が、トントンと叩かれる。
「お前を忘れた訳じゃないさ」
無限収納から取り出したクリームを使った生菓子を、一つだけエルルに渡す。夕食が控えているために量を絞ったからか、彼女はご機嫌斜めな様子。
「少し早いが、向かうとしようか」
彼はエルルという一人の人間の温かさを感じながら、再び歩を進め始めた。




