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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第一章 狩る者と狩られる者
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ドラゴン 2

「……なんとか、耐えきれたか」

 迸る赤色光線の光が収まり、煙が引くと同時に全身傷だらけのバルパが現れる。身に纏っていた鎧はズタズタに裂け、鎧下まで千切れており緑色の地肌が見えている。

 高温で熱されたというよりは高温の刃物で傷口を切り裂かれると同時に焼かれたというのが一番近い表現だと思われた。見れば血はほとんど出ていないし、裂傷を負った箇所は既に熱で強引に閉じられている。

 出血を強いられることによる継戦能力の減少がないことはありがたいが、体の内側にはじんじんとした鈍い痛みが熱のようにこもっている。事前に口の中に含んでいたポーションがなければ盾で防ぎきるどうこうの前に自分の命が尽きていただろう、ゴブリンは右の剣を地面に差し込み再び丸薬を口の中に放り込んだ。

 彼が開けた視界にうつるドラゴンの姿を確認すると、そこには手傷を負ったにも関わらず弱っている様子の一切見受けられない紅蓮の怪物の姿がある。

 右目には深々とボロ剣が刺さっており、強引に回復魔法を使ったからか剣の周囲の白目の部分が赤く盛り上がって変色している。

 そして彼が着弾に耐え、反撃の好機を待っている間にドラゴンは本来なら初手から使っていた対物障壁と対魔障壁の展開を終えていた。

 緑色の膜とそれを覆うように拡がる紫色の膜はドラゴンの巨躯を覆い、ドラゴンに与えた短剣による傷跡は既に完全に塞がってしまっている。どうやら短剣は完全に中に入り込んだようで、ゴブリンはそこだけは自分の想定通りに行ったことを喜んだ。

 バルパは盾の角度を調整しながらスレイブニルの靴を使い宙を蹴りながら準備を整える。攻撃を受け続けまともにカウンターを放つことの出来なかった緑砲女王が取っ手を持つのも難しいほどに熱くなっている。先ほどの攻撃のうちの半分ほどはこの盾が吸収していたので、どうやらあの光線の竜言語魔法は風属性だったらしい。

 もしかしたら風属性以外にも複数の属性を持っているのかもしれない、そう考えたのは彼の持つエメラルドの盾が変色し始めていたからだ。

 光沢を持つ緑だったそれはまるで右手に持つ大剣のように所々に赤い線が走り、今にも動き回りそうだと感じてしまうほどの熱を発している。

 盾の中心部がドラゴンの上体に向いたとき、先ほどのドラゴンの咆哮を彷彿とさせるような音と共に緑砲女王がその全身から緑と赤の二対の光線を吐き出した。

 それはまるでロンドを舞う男女のペアのように綺麗な軌跡を描きながらドラゴンに着弾する。

 それはドラゴンが展開していた紫色の膜に接触し……そして容易くそれを食い破った。

 自分の自慢の防御手段があっさりと破られたことに驚きを隠せないでいるドラゴン、流石に竜と言うべきかその攻撃がクリーンヒットする前に咄嗟に翼をはためかせて宙に浮いたことでバルパの一撃は竜の下腹部と尻尾の一部に軽く当たるに留まった。

 ドラゴンが自らの変調を把握しきる隙を与えてはいけない。ゴブリンは駆けながら大剣をドラゴンに放り投げた。ドラゴンの側面に当たったそれは数十個の鱗を巻き上げながらその体を擦っていく。痛みを感じているドラゴンに確かな手応えを感じながらゴブリンは袋に触れる。そして銀色の短剣を取り出して投げた。魔力により限界まで強化されたバルパの腕により放られたそれは、大剣のように重量がないために手首のスナップや腕のひねりの分も威力が補強され、しっかりとドラゴンの表皮に刺さった。刺さった箇所は先ほどの緑砲女王と大剣により削り取られ肉の見えていた部分であり、実際に肉体に刃物を差し入れられたドラゴンが先ほどより一段高い声を出す。竜は自らに回復の竜言語魔法をかけようとするが、その魔力はほとんどがロスし、実に怪我をした部分の一部を治すに止まってしまっていた。

 それこそがバルパとルルがまず一番最初に立てた対ドラゴンの策である、金の短剣による魔力放出の阻害である。

 ルルは聖魔法を使える、それはつまり回復の魔法を使えるということであり、裂傷を治すことが出来るということだ。だがそれならバルパが襲撃を行いルルの胸に短剣を刺した際、彼女はどうして自らの体に回復をかけなかったのか。 

 その答えはこうだ、彼女は回復をかけなかったのではなくかけられなかったのである。自らの胸に突き立つ金色の短剣の持つ能力によって。

 探索の際に行った検証の結果、あの短剣には刺したものが魔力を放出させようとすると、その動きを阻害する能力があることがわかった。魔撃を放とうとする魔物にこれをさせばその攻撃を中断させることが出来たし、試しにバルパの体に刺した時には彼は魔撃の一切が使えなくなり軽くパニックを起こしかけた。

 刺さるだけでそんな能力を発揮する短剣を、もし自らの体内に留めおいてしまえばいったいどうなってしまうだろうか。その答えが今のドラゴンの様子に表れている。

 対物障壁、対魔障壁共に明らかにその防御力は減衰していると彼には思えた。本来の威力を知っている訳がないが、話を聞いている限りあれは先ほどの二つの攻撃の際にそうであったかのように十割の威力を九割五分にするようなものではなく半減、ないしその更に半減といったような非常に強力なものと考えられたからである。

 彼が短剣をハンマーで強引に体内に打ち込んだ場所の傷は既に塞がっているが、そこの回復も竜言語魔法が人間の使う魔法よりも何倍も強力で緻密だとされているとは思えないほどに杜撰で乱雑な塞ぎ方にしかなっていない。ボロ剣の刺さっている右目に関しても同様で、現在進行形で回復が疲れているであろう脇腹を見ても明らかだ。下手をすれば人間のルルよりも傷の治りが遅いというのはどう考えても普通ではない。あの短剣はしっかりとその役割を果たしている。

 もし勝てなければずっと怪物の腹の中にいることになるが、まぁ勝ってしまえばそんなことは関係ない。

 こちらに無防備な下腹部を見せているドラゴンが自らの障壁の効き目に疑問を持つ前に可能な限りの痛打を与える必要がある。

 相手が攻撃に傾注することに二の足を踏むようになってくれれば理想的だ。

 彼は自分ですら能力の理解できていない短剣を袋から取りだし、無防備なドラゴンへと投擲した。

 今まで自らのその腐るほどある魔力と生来の身体能力の高さにあぐらを書いていたドラゴンよ、悠々と飛んでいる空から引き摺り降ろし地べたに這わせてやる。

 ゴブリンはニヤリと笑った、強者と戦い死力を尽くせるこの身の幸運に感謝しながら。


 対ドラゴン用の作戦、などと言っても実際の所事前に決められたことなどほんの少ししかない。

 速くて、硬くて、遠距離近距離問わず攻撃力が非常に高く、そしてタフネス。ドラゴンの持つ強さというものは非常にシンプルで、それゆえにその牙城を突き崩すことは難しい。

 攻撃は魔法の品か魔撃しか通らず、それらの攻撃は障壁で威力を大幅に減衰させられてからしか相手に通らない。故に彼らが決められたことは非常に場当たり的で、いくつかの絶対的な工程を除けばあとは臨機応変に対応していくと曖昧にしか決められなかった。

 強いという形容詞を体現したドラゴンをどうやって倒すか、自らが弱者であったバルパはまず相手の増長につけこむべきだと考えた。今まで大した相手とも戦わずにいるドラゴンは、人間などに大して脅威を感じてはいないだろう。ならばその隙をつき、最初に一撃を、それも出来れば致命的なそれをあてようというのが彼の主張だった。

 だがドラゴン相手に一撃でトドメをさす、などということが出来るのは同じドラゴンや勇者、それから魔王などのもはや生物の範疇を超えた者達だけである。強いとは言ってもあくまでも魔物の中でという但し書きがつくゴブリンにそんな芸当が出来るはずがない。

 致命的な一撃が無理なら効果的な一撃を、そう考えた結果初撃に選ばれたのがあの金色の魔力阻害の短剣である。体内にぶちこむことがこれほどの効力を発揮するとは考えていなかったが、それでも戦闘がかなり楽になるだろうとは考えていたので大きな変更はない。二本目の矢である銀の短剣もさせたし、これは完全に誤算ではあるが右目も潰すことが出来た。空を飛ばれるために死角は減るだろうが、それでも不意をついて攻撃をすることが容易になったのは大きい。

 右目が潰れたのならここは左目を潰して完全に視界を取り除くべきではないか? そんな考えが彼の脳裏によぎる。しかしそれをバルパは心の中で否定した。今は下手に欲を掻いてリスクを背負うような場面ではない。そういった博打は本当の本当に最後にもうどうしようもなくなったときにするべきものだ。

 もっとも確実に倒すことの出来る可能性が高いのはやはり持久戦だ、バルパは自分に放たれた竜言語魔法を食らいながら口の中に入れていた丸薬を再び噛み潰した。

 ドラゴンが先ほどより大きく息を吸う。とうとう来たか、そう考えながらゴブリンは自らの周囲を覆うように魔法の品の盾と鎧を塹壕のごとく積み立てていく。

 レッドカーディナルドラゴンが今度は一筋の炎を出した、さきほどよりは遅く軌道にもなんら変哲さのないそれは圧倒的な射程により不可避の一撃としてバルパを襲う。

 ブレス攻撃、ドラゴンの攻撃の中でも威力が高く、そして広範囲を薙ぎ払うのに適した攻撃方法だ。扇状に放射されるその一撃も、宙に浮かびながら放たれてしまえば視界一面に降り注ぐ炎のシャワーでしかない。

 ゴブリンは即席のシェルターに身を屈め上に盾をつき出した。

 圧倒的な熱量の一撃が緑砲女王に当たる。盾の取っ手を握り続けるのも厳しいと感じてしまうほどの熱を、彼は無理矢理に盾で受ける。じゅうじゅうと自分の手が盾に焼かれるのがわかったが、肉が溶解しかけた金属に触れる筆舌に尽くしがたい痛みをジッと耐え続ける。もし盾を落としてしまえば自分の体など一瞬にして焼きつくされてしまう、そう考えればどんな痛みにも耐えることもできようというものだ。

 どれだけ時間が経過しただろう、永遠にも思える防御が終わり、頭上から降り注ぐ炎の雨が収まった。すぐさま袋から液状のポーションを取りだし、それを強引に盾から剥ぎ取った手にかける。手袋は既に燃え尽きてしまっているためにポーションは十全の効果を発揮した。ベロベロに剥けてしまっている彼の手のひらの皮膚が逆再生していくかのように凄まじい速度で元の状態へ戻っていく。その様子を最後まで見ることもなくゴブリンは駆け出した。あちらに余裕を与えてしまう前に更に一撃を加えようと。

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[気になる点] ボロ剣の刺さっている右目に関しても同様で、現在進行形で回復が疲れているであろう脇腹を見ても明らかだ。 →回復が行われているであろう
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