一件落着
偽装を解いたのか、老人の姿が露になる。
麻布の服の後方が破け、中から真っ白な翼がはためきながら現れた。
どうやらこの老人もまた、自分達と同様に見た目を偽っている人間であるらしい。
その身体的特徴から考えれば、彼がどんな種族に属しているのかは一目瞭然だ。
一体どういう理屈で衣服を着せたときも翼を隠し通せたのかはわからない。
自分を騙し、こちらの正体を看破したということから考えると、もしかすると彼は幻影を出す魔法に関するプロフェッショナルなのかもしれない。
「エメー、まず俺が伝えたいことは俺達に天使族と敵対したりすることはないということだ」
「ほう、空を飛ぶ天使を地に這わせ奴隷としながらそれを言うか?」
「……わかったうえで聞いているだろうが、そういうのは面倒だ。こちら側にも事情があって、なし崩し的に彼女を拾うことになっただけで他意はない。俺は彼女をさっさと親元に帰してやりたいんだ。情報の秘匿がしたいのなら、この場で彼女を渡しても構わない」
「ほっほっほ、からかっただけじゃよ」
シュンと彼が発していた闘気が萎み、背中に生えていた翼が消える。急に柔和な笑みを浮かべ始めたのが、少しばかり不気味だった。
「構わんよ、誠意を見せてくれるならな」
「金なら出す」
「聖貨十枚」
「いいぞ」
さっき出したばかりだというのにまた求めてくるのは面倒だったが、金銭でカタがつくのならバルパとしても不満はない。
床に乱雑に投げつけられた聖貨を見てエメーは一瞬呆け、次の瞬間に驚いたように顔を上げた。
「お前、実はメチャクチャ金持ち?」
「金銭の多寡が問題ではないだろう。これはつまり、レイの人生にどれだけの値段を支払うかということだ。こいつが幸せになるためなら、この程度なら惜しくはない」
金がまた稼げばいいが、彼女の幸せな生活は、そう簡単にはいかないのだから。ありのままを言っただけだというのに、エメーはにやりと笑い、そして後ろからはガタガタと音がした。
「ワシは金貨一枚で十分じゃよ、これでも貰いすぎじゃ。むしろこちらが払わねばならんところなんじゃが、貰えるもんは貰っとかんとな」
「そうか、なら金貨はやる。具体的な方針を教えてくれ。お前が彼女を帰すのか、俺が向かうのか、それとも何らかの別の手段を採るのか」
「そうじゃのぅ…………そんじゃワシも、旅に同行させてもらおうかの。ワシが連れてってやるわい」
「そうか、まぁそれでも構わない。何時からで、どれくらいだ?」
「さぁて、数日から数ヵ月って所じゃないかのぉ」
「随分大雑把だな」
「年を取ると時間が経つのがあっという間でな」
「委細承知した。…………と、いうわけだ。何か言いたいことがある奴はいるか?」
後ろを振り返ってみるが誰も異論のあるような様子は見受けられない。レイも特に言いたいことはなさそうだ。
「よし、出るのは何時からだ?」
「明後日とかどうじゃろ?」
「構わない」
「それとな、老骨からもーう一つだけお願いをしても良いかのう」
エーメが地面に落ちた聖貨を拾い、名残惜しそうな顔をしながら言った。よほど惜しいのか、硬貨を持った手はいやにゆっくりとバルパへ突き出される。
「明日そのお金を全部、レイに使ってくれ」
「…………なるほど、わかった」
バルパには詳しい意味はわからなかったが、恐らくは彼女に自分の価値を認識させようだとか、別れの前にレイに楽しい思いの一つでもさせてやれということだろうと推測することは出来た。
「それなら明日は丸一日、レイと遊ぶことにしよう」
「ああ、言い忘れとった。遊ぶのは余人を交えず二人っきりでするように」
「構わない。……そういうわけなので、皆は明日自由時間にしてくれ。ある程度の金子は渡すから、自由にするといいだろう」
バルパの言葉への反応は様々である。
「う……うーん……仕方ないと言えば仕方ないとも思えるし……」
ミーナは腕を組みながら眉間にシワを寄せ、
「是非是非、楽ませてあげてくださいね」
ルルは口に手を当てて微笑んだ。
「……戦い以外に、思い出の一つくらい作っておくべきよね」
以外にもウィリスは案外肯定的で、
「…………ごにょごにょ」
ヴォーネは小さく笑いながらレイの耳に何かを吹き込んでいて、
「…………」
エルルは無言でバルパの体を登り、頬を思いきりつねった。
そしてレイはヴォーネと二言三言交わしたあとに、
「それじゃあ…………無理しない範囲で、お願いします」
申し訳なさげに礼をして、控え目に微笑んだ。




