齟齬
「うーんなるほど、あのオカマの紹介とはねぇ……」
老人の格好はかなりみすぼらしかった。所々に穴が空いている麻布の服には、垢と何やらよくわからないシミで黒っぽく変色している。修繕された様子が見受けられるにもかかわらずこれでは、もしかしたらまともな服のストックもないのかもしれない。
頬から顎にかけて立派に蓄えられている髭は真っ白で、まるで老境で一つの境地に至った傑物のようにも見える。
頭髪はほとんど白髪だが、ところどころに線のように黒髪が走っている。それに垢とフケが酷いせいで全体的に茶色っぽい。
こんなみすぼらしいおっさんが……と一番最初は訝しみはした。だがよく考えてみた結果、もしかするとこの格好も言動も、全ては何か大切なものを隠すためのフェイクなのではないかとバルパは思い始めていた。
もしかするとこの老人は、自分には及びもつかないような場所へと到達している賢人なのかもしれない。
「やはり、侮れないか……」
「いや、あれはそういうんじゃないと思うけどね……」
「ていうか臭い‼ 汚物は水洗いよっ‼」
臭いにキレたウィリスが、老人を着ている衣服ごと水に沈めた。
ブクブクと泡を吹き出し今にも窒息しそうになっている様子を見ると、バルパはなんとなく深く考えるのがバカらしくなってきた。
「かーっ、最近の奴は思いやりってもんがなっとらん‼ これだから若いのはいかんのだ‼」
「もう単刀直入に聞いてしまうが、天使族と渡りをつけて欲しい」
老人が水洗いされ少し小綺麗になってから、バルパは彼に臭わない服を取り出し、差し出した。それを特に礼も言わずに受け取り、渋々といった表情で着替えるご老体。
着替えの最中にかいま見えたその肉体は、しわがれてはいるもののかつての力強さを想起させた。
バルパは一度レイの方をちらと見やってからすぐに視線を戻す。ここではまだこちら側の情報を開示するのは早いだろう。情報を求める理由は曖昧にぼかしておくのが無難だろうか。
「ああええぞ、まぁちっとばかし条件はあるわけじゃがな」
「……またそれか」
サラの場所で働くのはそれほど嫌ではなかったが、この老人の元では一体何をやらされるのだろう。下手なことを命じられるなら、力尽くで言うことを聞かせることもアリだろう。
そんな風に考えるバルパに、老人が枯れ木のような手を伸ばしてきた。
手のひらを上に向けているから、握手ではない。
骨と皮を強引に接合したかのような手をじっと見つめその真意を計りかねていると、彼がヒラヒラと手を動かす。
「誠意を見せてみぃ、誠意を」
その顔に張り付いた笑みを見て、なんとなくバルパは彼の意図を察した。
どれくらいが適量なのかわからなかったので、とりあえず無限収納から金貨一枚を差し出し、老人に渡す。
「なんじゃいこれっぽっち……おおっ、金貨かっ‼」
はしゃいでいる老人を見るとどうやら渡し過ぎたらしいが、一応こちらが頼む側なのだから心証をよくする分には構わないだろうと自分を納得させる。
さっぱりとしてある程度清潔な衣服を身に纏う老人の様子が、呼吸ひとつの間を置いて一変する。
魔力量には変化はない。だが確かに彼の何かが変わったという確信があった。
「ワシはエメー=ソラシントンという。これでも一応、スガ族の元首長をしておった」
戦えば勝てるだろう、だが下手をすれば戦わずして負けてしまいそうな雰囲気が、その老人にはあった。
なんという変わりようだろう。そう思うと同時、バルパは自分の考えが間違っていなかったと確信を抱く。
「そこの緑鬼、お前は時代の敗者に何を望む? その返答如何では……ワシ諸とも死んでもらおう」
そう言って自分を見上げる老人の瞳に覚悟を見て、バルパは自分の精神が高揚しているのを確かに感じた。
そうだ、やはり予想通り。
この老人は……決して侮れない。




