不安な伝手
空が白み、湧いても湧いても終わりの見えない魔物達との戦闘を終えて、バルパは彼女達のいる馬車へと戻った。
既に起床を済ませており、彼女達は朝食の準備をしている最中なようだ。
ウィリスが自分の帰還に目敏く気付き、声をかけてくる。
「もう帰ってきたの」
「ああ、もうというには少しばかり遅すぎる気もするが」
「二度と帰ってこなきゃよかったのに」
ウィリスの態度は普段となんら変わらない。つっけんどんで、愛想がなくて、機嫌が悪い。
だがどうしてだろうか。バルパは彼女の言葉に、少しだけ優しさを垣間見た気がした。
「……クッキー、食べるか?」
「何よその機嫌の取り方、アンタなーんにも変わってないのね」
ご機嫌なのか不機嫌なのか、彼女はのっしのっしと歩いてきてバルパの手から袋をひったくる。
朝食前だからほどほどになと言おうとしたが、ウィリスの機嫌がどうにも良さそうなので言うのはやめておくことにした。
小動物のように頬っぺたに焼き物を詰め込む彼女を見て、バルパはその頬を萎ませてみたいという衝動に駆られる。
「こら、食べ過ぎたらご飯入らなくなっちゃうでしょ」
「うっしゃいわね、ふぇーきよふぇーき」
ヴォーネと話す彼女を見る彼は、二人はこれほど普通に話す間柄だったろうかと少しだけ訝しんだ。
だが二人とも表情は悪くない。二人とも目の縁に隈が出来ていることを除けば、至って元気そうだ……不健康そうでもあるのだが。
ゆっくり寝かせてやろう。寝不足の理由はわからないが、こんな本調子とは程遠い状態で戦って変な癖でもついたら困る。
そう思いながらバルパはウィリスの頬を突っついた。
「……何よ」
「膨らんでるものは、つつきたくなる質なんだ」
「バカじゃないの、あんた」
クッキーを丸々一袋平らげたウィリスが、モグモグと咀嚼を終えてから睨んでくる。
彼女には何度も言われ慣れている言葉だというのに、どうにも今日はそこに含まれる意味が些か異なるように感じられる。
険が取れたというか、丸くなったというか、少しばかり彼女は自然体になったような気がした。
「今の方がいいぞ、お前」
「は……はぁ⁉ 他種族を口説くとか、ありえないんですけど‼」
「安心しろ、お前は全然好きじゃない」
「……その言い方はもっとありえないんですけど‼」
「はいはーい、乳繰り合ってるうちにご飯の時間ですよ~」
カンカンと鍋とお玉を叩くヴォーネの声に従い、バルパはテーブルへと歩き始めようとした。
彼の鎧の端っこを、ウィリスがちょんと摘まむ。
「なんだ」
「……クッキー食べ過ぎて、朝ごはん食べられないかも。……ちょっとだけ、食べてくれない?」
こてんと首を傾げるウィリスを見て、何やら大きな心境の変化があるのだろうと察するバルパ。
恐らく今の状態が、本来の彼女の姿なのだろう。
彼女も変わるのだ。そんな当たり前のことに、彼は笑いをこらえられなくなった。
そして笑いながら、ウィリスの手を握り良い笑顔で伝える。
「い・や・だ」
彼の言葉を聞きヒステリックに叫び始める彼女を見て、変わらない部分ももちろんあるよなと少しだけ心の落ち着きを認めるバルパ。
再度の警告をわりとマジトーンで伝えられて、二人はショボくれた様子で朝ごはんを食べた。
バルパが持ち前の俊敏さを活かしてウィリスの食事を平らげたことは、言うまでもないことである。
どういう訳かミーナとレイも寝不足なようで、女性陣はエルルとルルを除けばかなり酷い状態だった。
一日寝ない程度で調子の崩れる人間の体は面倒そうだと続けながら、彼は今日は皆でゆっくりしていろと言付け、一人肩に荷を背負いモランベルト南部の街、ウィンシンへと向かった。
身体の調子が良かったお陰か、それともここ数週間の基礎訓練の賜物か、次の日の夜明けには街が見える距離にまで近づいた。
入場手続きはスムーズに済んだ。情報収集とスムーズな道中のために登録した冒険者としての肩書きはやはり有用であることを再確認できた。
馬車をしまい街へ入り、お目当ての人物を探す前にもしもの時の逃走経路と重要人物の居所の確認を済ませてもまだ夕暮れ時。彼らはとりあえず一度顔合わせをしにいくことを決めた。
お目当ての場所はわりとすぐに見つかった。
正確な場所を教えてもらったわけではないが、住居の大体の位置と、ボロくて今にも崩れそうな木造建築というキーワードから、絞れる物件は一つしかない。
「……ホントにこんなとこに、いるのかね」
「行ってみればわかることだ」
バルパは木で出来た扉をノックした。だが返事はない。
一瞬留守だろうかとも思ったが、魔力感知で中に反応があるのだから留守なはずがない。
しばらくノックをしても無視されたので、彼は若干の失礼を承知でドアを破ることにした。
もしなんらかの不測の事態に襲われていた場合、助け出す必要を感じていたからだ。
「入る……ぞっ‼」
思いきりドアを蹴破ると、ヒィッ‼ としわがれた叫び声が聞こえてくる。
魔力のある場所を見ると、そこには手を挙げて無抵抗を示そうとしている老人の姿が見えた。老人にしては高い魔力だ。実力のほどはわからないが、少なくともヴォーネあたりだと部が悪いだろう。
相手の実力の底を探すバルパは、衝撃から立ち直ったらしい老人があたふたと動き始めるのを感知した。
「スマンが無いものは無い、だから返済は来週まで待って…………って、アンタ誰?」
「俺はバルパだ」
本当にコイツが天使族と繋がりを持つ男なのだろうか。
バルパは借金取りじゃなかったことを飛び跳ねて喜んでいる老人を見て、少しだけ不安を覚えた。




