ようやく
夕暮れが皆に影を落とし、夜がやって来る。
バルパは食事休憩を取るように伝え、皆が馬車の中へ入っていく。
もしものことがないようにととりあえず手当たり次第に辺りの魔物を討伐していくバルパの行動は、鬱憤晴らしという側面を多分に含んでいた。
夜が明けるまでには終わらせようと意気込みながらハッスルしていたおかげで、未だ月が夕暮れの中へ控えめな自己主張をしているうちに戻る事が出来た。
「あ、お帰りなさいです」
「おう」
ここ最近厨房でならしていたおかげか、ヴォーネが外でその腕を存分に振るっている。辺りの魔物は殺しつくしているために、芳しい匂いを放ったところでやってくる獣共はいない。
バルパの帰宅を待っていたのか、彼が馬車の外で手を洗い水で血を流してから帰ったときには、湯気が出ている熱々の料理が皿に乗って運ばれ始めていた。
何やら麦で出来た生地で肉や野菜を包んだり、薄い生地に具材を挟み込んだりするような料理が出されていくが、やはり以前と比べると量は減っている。
あの食いしん坊がいないことの影響は毎食の食事風景の中に如実に結果として表れている。
今ごろピリリは腹一杯にご飯を食べられているだろうか。
布製の天井を見上げながらどこか遠くを見つめるバルパの隣にミーナとエルルがやって来る。ルルは少しばかり離れており、向かいのテーブルには奴隷娘達の姿がある。
「いただきます」
手を合わせてからフォークを使い料理に手を伸ばす。もっちゃもっちゃと料理を平らげるスピードはかなり早い。ヴォーネがちょっとだけ顔をしかめているのがバルパにははっきりと見えた。
それを努めて無視しながら、首を右斜め前が見えるように回す。スプーンで控えめにスープを飲んでいるレイの様子は、普段と何一つ変わっていないように見えた。
「レイ、どうだ」
「どうだ、とはどういう意味でしょう?」
「そうだな……家に帰れる芽が出てきただろう。もっと全身で喜びを表しても良いんだぞ」
「えー、でもレイがキャピキャピ言いながら跳び跳ねてたらちょっと気持ち悪くない?」
「それは確かに気色悪いな」
「シンプルに口が悪いですよ、二人とも」
一歩離れたところからミーナとバルパを嗜めるルル、彼女に良いんですと手を振ってからレイがスプーンを器の中に立て掛けた。
「そうですね、嬉しい……と言えば、嬉しいと思います」
「煮えきらないな」
「なんと言えば良いのか、その……ここ暫くの時間は、楽しかったですから」
その時間にあの人間達に囚われた期間は入らないだろうということは流石のバルパにもわかった。
彼女から直に感想を聞くことはしてこなかった。そして今、自分は完全に聞き方を間違えたと彼は内心で少しだけ慌てた。
なんというかこんな風に聞かれたりしたのなら、そう答えざるを得ないだろう。
楽しくありませんでしたなどと答えるはずがない。
答えを無理矢理強制してしまったかと焦るバルパは、レイの顔を見てみる。
彼女の顔色は、いつもとなんら変わらない。
嘘をついているのか、本心から話しているのか、わからない。
彼女は表立って悪口を言うような真っ直ぐなタイプではないことは、彼も理解している。
結局の所その仮面の下に隠されているであろう年相応の部分も、そして彼女の本心も、彼には何一つわからなかった。
それがバルパには、少しばかり残念だった。
まだ次の街まで、今のペースで行ったのなら概算でもまだ一週間以上はかかるだろう。その間に少しばかり、彼女と親交を深めるのもアリかもしれない。
バルパが思索に耽っている間、レイはにこやかな笑みを崩さなかった。
その顔をジッと見てから、以前出会ったばかりのころの笑みと今の顔を重ねてみる。
記憶を掘り起こし笑顔を比べてみると、今の彼女のそれは、以前の張り付けるような上っ面のそれと比べれば、少しばかりマシになっているような気がした。
無論それは彼女が取り繕うのが上手くなっただけなのかもしれなかったが、そうするだけの余裕が出来たということは、彼女の心の安寧はある程度守られたということでもある。
自分の成果を誇る気はない。基本的に馬車の中で揺られたり、したくもない修行をさせてしまっていたのは純然たる事実だ。
自分は彼女を、守ることが出来たのだろうか。
弱かった彼女は、強くなれたのだろうか。心身ともに、強くなる事が出来たのだろうか。
本心を語り合えるほどに仲を深められなかったことが、かえすがえすも残念だった。その原因はきっと、自分が歩み寄ろうとしなかったせいだろうと、そう思えた。
自分が腹を割って、その正体がゴブリンであることも、勇者スウィフトやヴァンスの諸々のことも全て話してしまっていれば、もう少しくらい彼女の笑みは深くなったのではないだろうか。ウィリスももう少しは険も取れ、ヴォーネももうちょっとなついてくれたかもしれない。
彼は既に、彼女達に心を許している。たとえ自分の誰かに暴露されたところで仕方ないと割りきれるくらいには。
なんだかんだ自分は、拒絶されるのが怖かっただけなのかもしれないと思う。
きっとだから自分はピリリの正体を告げるのを、別れるその瞬間まで引き伸ばしたのだ。
なんとも女々しいことではないかと小さく笑う。
同じ時間を過ごせば、愛着というか執着というか親近感というべきか、そんな上手く言葉には表せないような感情も湧いてくるという。
だから打ち明けよう、正直に
バルパは食事が終わり、適度に休憩を取ろうとし始める皆を呼び止めた。
皆が何かを口にする前に、バルパは自らの右手首に嵌められた腕輪を、無限収納の中へとしまいこんだ。
そして彼は自分のありのままを、彼女達に見せた。




