久方の
シラスヴェルクが構成要素の一つ、モランベルトは横に長く縦に短い街である。その国家自体が消極的な連結によりなし崩し的に出来たものであるために、それは街というよりは小国と言った方が適切な大きさがある。
バルパ達が入ったモランベルト北西部から目的の南部に至るまで、距離的なことを言うのならそれほど離れてはいない。フルスピードで行けば数日もすれば着くだろうというくらいの距離であり、出てくる魔物も街々によりある程度は間引きされているためにさして問題ではない。
だがバルパ達は敢えて、この区域を時間をかけてでも戦闘しながら抜けるという選択をすることにした。
サラの酒場では昼前から深夜になるまで働くことを余儀なくされていた。そしてそんな日が二週間も続けば、やはりどうしても戦闘勘というものは鈍る。
ある程度は自主練で賄えはするものの、やはり大事なのは実戦である。彼らは鈍った体を鍛え直すため、明らかに格差のある相手に全力で戦いを挑み続けていた。
「グギャッ‼」
視界に入った物全てを敵と認識し襲ってくる最低ランクの魔物、ゴブリンの群れが襲いかかってくる。鉈と剣を持つ前衛が五体、そして後衛が四体。その内訳は後ろで弓を引く者が三、そして杖を持ち魔撃を放とうとしているものが一。
彼らが向かってくるのをバルパ、ルル、ミーナ、はじっと見ていた。彼らの前に立つようにエルル、ウィリス、ヴォーネ、レイの四人が一歩前に出る。
まず後方から弓が飛んでくる、風を切りながら飛んでくるその矢を見てからウィリスがパチリと指を鳴らすと、大きくその軌道を逸らした。
彼女が手を顔と同じ高さまで上げると、矢は迂回しながらぐるりと半回転し、その矢尻が狙撃主であるゴブリン達へと向く。手首を下に下げると同時、弓は先ほどの速度に倍する速さで飛んでいき、今度は狙い過たずに三体のゴブリンに命中した。
続いて後ろの杖を持つゴブリンが攻撃の準備を整え、魔撃を放つ。腰を曲げている体躯の杖の上に赤い炎の球が生まれ、少女達目指して飛んでいく。
引き絞って放たれた矢と比べれば速度は鈍いが、それでものろのろと形容するほどに遅くはない。人間が走るよりも少し速いくらいのペースで彼女達めがけて飛んでいく球。
エルルが更に前に出る。その様子を見てバルパは一歩を踏み出しかけ、すんでのところでミーナに止められた。
球はエルルの全身を覆い尽くしてもなお余裕があるだけの大きさがある。彼女は炎に包まれ火だるまになるかと思われた。
一瞬だけ、彼女の体が金色に光った。すると次の瞬間には、炎は周囲の暖まった空気を除けばなんの痕跡も残さずに消えてしまう。
その異常さを見てもなんら臆することなく進んでくるゴブリン達。前衛の五体がエルル目掛けて一心不乱に駆けていく。だが数の利を活かそうとするだけの能はあるようで、ある程度まで近づくと取り囲むような陣形になるよう各々が速度を調節し始めた。
彼らが彼女のもとへと到着するよりも早く、レイとヴォーネがエルルの隣へやって来る。ヴォーネは目の前に迫るゴブリン達を目にしても顔色を変えず、膝を曲げ両手で地面に触れた。彼女の足元にある土に緑色に光る線が走る。その周囲一メートルほどを取り囲むようにぐるりと円が描かれた。そして円周を構成する線が内側に侵入していき、内部に複雑な模様が刻まれていく。
重なる丸、触れ合わない正方形、散在する三角形。そのどれもが無秩序に並べられているようにしか見えないが、どこか秩序だっているような感触を受ける。
ヴォーネが腰に差した短剣を鞘から抜き出し、地面に突き刺した。すると短剣を中心とした円がより一層の輝きを放ち、地面が大きく盛り上がっていった。
彼女達を囲む円は、彼女達を包み込む球へと変わっていく。そしてヴォーネ達が完全に土の球に入ってしまうのと同時、ゴブリン達が押し寄せてきた。
彼らはその鉈を、そして剣を振るう。しかし土で出来たはずのその妙な模様の壁は、彼らの武器では崩すこと叶わなかった。
彼らの攻撃の間隙を縫うように、球が形を崩す。
息つく彼らは自分達目掛けて曲刀による一撃が飛んできたことを、鋭い痛みによって体で知ることとなった。
周囲を囲むように位置取っていた彼らへ、レイは刀を持ちぐるりと一回転して攻撃を加えた。その右手で鈍く光る曲刀が、脂と血で赤と白に染まっていく。四体が体から臓器をこぼれだしながら倒れこんだが、残りの一体は浅く胸を切り裂かれただけであった。
必死になって逃げようとする剣持ちののゴブリンの視界の先に、自分以外にも残っていた杖持ちのゴブリンの姿が見える。
だが見えたのはほんの一瞬で、その曲がった背中はすぐに火だるまとなって見えなくなってしまった。
残っているのが自分だけだと気付き恐怖に戦くゴブリンが、背中に激しい痛みを感じたのかそっと手を回す。すると掌にぬるりとした感触がやって来た。
ゴブリンが意識を失い倒れ、トドメとばかりに放たれた風の刃がその頭部を切り裂く。
その様子を見てからバルパは小さく手を叩いた。
「よし、次だ。あとエルル、お前も戦わなくちゃダメだぞ」
彼女達は彼に小さな頷きを返し、再び魔物のもとへ向けて走り始めた。




